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同じ尿道下裂で生まれた父と息子の物語

Father and son with Hypospadias

DSD(性分化疾患)のひとつ、尿道下裂を持つ男性

ケンさん

(軽度尿道下裂)

 

 

17歳のとき。学校の図書館で生物学の教科書で尿道下裂について見て、自分だけじゃないんだってだけじゃなく、実はけっこうあることなんだと知った時もうれしかった。

 

アメリカの、尿道下裂を持つ男の子・男性、そして家族の皆さんのためのサポートグループに寄せられた、軽度の尿道下裂を持つケンさんのライフストーリーをご紹介しましょう。

 

ケンさんは 軽度の尿道下裂の状態で生まれましたが、ご両親の判断により、特に手術などを受けることなく、大人になって結婚され、お子さんたちも授かっています。実はその息子さんのひとりも、ケンさんと同じ軽度の尿道下裂の状態で生まれました。(尿道下裂は遺伝性のものではありませんが、軽度のものでは男の子155~375人に1人の割合で起きるもので、こういう偶然もあることはあるのです)。

 

ケンさん自身は手術をうけることなく過ごされていますが、息子さんについて、ケンさんがどういう決断をしたか?その想いはどのようなものなのか、この体験談を読む皆さんも思われるところがいろいろとあると思います。

 

手術については様々な「意見」「議論」がありますが、尿道下裂も状態によって様々で、ご家族の事情、考え、想いもそれぞれです。一つの意見や議論だけで判断できるものではありません。それぞれがそれぞれの「想い」で決断されているのだということをご理解いただければと思います。

 

尿道下裂とは男の子・男性のDSDs(体の性の様々な発達)のひとつで、生まれた時、尿道口の位置が陰茎の先端ではなく、陰茎の下側、陰茎の途中から陰嚢に かけてのどこかに開いた状態です。尿道口が陰茎の先端から少しずれた軽度の場合は男の子の155~375人に1人、陰嚢に近いところに尿道口が開いている高度の状態は、男の子2,500~6,000人に1人の割合で起きると言われています。高度の場合は、外性器の見た目だけでは性別がすぐには分からない場合もあって、然るべき検査が必要になり、その多くが陰茎が弯曲した状態です。

 

男性に一般的とされている位置に尿道口を持っていく手術もありますが、特に高度の場合は複数回の手術が必要となり、本人や家族の精神的な負担がかかりえます。

 

また、手術の有無に関わらず、他の男性と自分との違いから、そしてこれは時代によってもかなり異なりますが、自分の男性性・男らしさを損なわれるのではないかという恐れから、自尊心を失い、友人関係・恋愛関係から遠ざかってしまう人もいます。ですが、欧米の最近の世代の男性たちは、医療での支援やサポートグループが整備されたことから、これも一つのちょっとした違いに過ぎないと思える人も多くなってきています。

ですが今でも、それぞれの違いを認めない価値観、「ペニスの大きさや形が男性の価値を決める」といったような時代錯誤な価値観、誤解・偏見がはびこっていて、多くの男の子・男性たちは、辛い思いを余儀なくされています。

 

日本でも、医療でのサポートや、サポートグループの整備、正確な知識の普及と、違いを認め合える社会のあり方が待たれます。
 

尿道下裂で生まれた男性たち(性分化疾患)

尿道下裂の状態で生まれた男性の

サポートグループ

(DSDs(体の性の様々な発達:性分化疾患)は、「男か女か曖昧な人」「両方合わせ持った人」「男でも女でもない性」「第三の性別」などを差す概念ではありません。また、体の性の発達状態は、性別同一性・性的指向とも関係はありません。尿道下裂の状態で生まれた男の子は全くの男性です。手術についても、「性別」の問題ではなく、「主体性」の問題です)。

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今の時代だと両親はまた違う決断をしていたかもしれない。そしてその決断が果たして良かったのかどうか、ふたりは常に悩んでいたかもしれない。

尿道下裂で生まれた男性と家族の会のメーリングリストやインターネットに出ている、尿道下裂体験談で語られている様々な話を、ずっと切実に読み続けてきた。 僕の場合は、読めば読むほど安心できるようになった。両親は、僕が尿道下裂で生まれた時、当時の医療環境の中で、とりあえずは手術などをしないということにしたというくらいの知恵を持ち合わせていた人間だったからだ。

 

本当正直なところを言えば、僕が今の時代に生まれていたなら、両親はまた違う決断をしていたかもしれない。そしてその決断が果たして良かったのかどうか、ふたりは常に悩んでいたかもしれない。実は僕は今52歳。両親の決断というのは、もう50年以上前のことだ。当時は親に聞くこともなくすぐに手術が行われていた時代だから。両親は多分、当時のまだ有効性も治療成績も明らかではない手術方法のリスクについて、十分なアドバイスを得ていたんだろう。おかげで僕は手術の痛みも傷跡も、手術の将来的な結果がどうなるか分からない不安も免れた。実はまだ尿道下裂の状態のままなんだ。父には、ふたりの決断について、自分はとても良かったと言ったことがある。母は僕が23歳の時に亡くなったので、残念だったのは、両親ふたりとこのことを完全に話しあえなかったこと だ。

 

医療記録によれば、僕の尿道下裂は陰茎の先から少しずれたくらいのもので、軽度ということになるそうだ。この会の方はもう知っていると思うけど、痛みや狭窄、瘢痕も歪みもなく、十分に機能できる状態。完全に真っすぐというわけではなく、トイレの時真っすぐ出すのが難しい時が時々あって、そういう時はコントロールが必要だけど、全然大丈夫だ。まだ小さい時は難しかったけど、徐々にすぐにうまくなっていった。セクシャリティの面も問題なし。今では子どもの父親です。率直に言えば、こういう体の部分の状態も悪くなかったのではないかとさえ思ってる。結局「ちょっとした違い」に過ぎないのだから。

 

子どもは今二人いる。男の子と女の子。両方ともすくすく育ってくれて、今はもう29歳と24歳になっている。患者本人と親御さん、パートナーのためのメーリングリストでは、ある女性で、息子さんが二人とも尿道下裂だったという方もいた。「100万分の1の確率です」と言ってた。実は、僕の息子も尿道下裂の状態で生まれたんだ。尿道下裂は遺伝性のものではない。だからこれは本当にたまたま偶然のことなんだが、元々尿道下裂自体が、軽度からだと男の子100人に1人の割合で、実はかなりたくさん起きていることで、偶然が重なるということも決して稀ではないんだろう。

でも決めるのは自分の体の主である君自身だ。君の体は僕のものでも誰のものでもない、君自身のものなのだから。

そして実は、自分が成長期に学校で体験した決まりの悪さを、息子には体験してもらいたくないと思い、僕たち夫婦は、息子の手術をすることにしたんだ。2歳 から3歳の間に、ロンドンの病院で、2度手術を行った。幸いにも結果は良好のようだ。(本人がそう言ってくれた)。今でも同じ決断をしたかどうかについては、正直自信はない。だけど、その時はとにかく手術を受けさせることにしようと思った。息子もその方がいいと言っていたし、幸いにも、ロンドン子ども病院で最高のトレーニングを受けた外科医の先生方に出会えたというのもある。これで良かったのだと思っています。

子どもだった時の体験を振り返ると、手術した子どもの中で、体験する子もいる痛みや辛さを考えたら、自分の場合は全然大したことはなかったと思う。そういう痛みを体験しつづけるのは、いわゆる手術の失敗によるものが多かった。ここ数年の間、手術のそういう失敗に苦しんでいる人の話を聞いてきたけど、そういった災難に対して自分からは何のアドバイスもできなかった。何度も繰り返し手術が必要となってしまい、でも手術する度に悪くなっているようにしか思えない、 そんな体験をしてきた人たちが、そういう中で培ってきた不屈の精神には感銘を受けた。

 

中東やインドで、むしろ子どもの頃に何か手術を受けるという環境もなく、結婚する前に手術するかどうか今考えている人たちの話を聞くこともある。そういう人たちへの僕からのアドバイスはいつも同じだ。もしそのままのペニスで身体的な問題が無いようなら、たとえ小さかったり曲がっていたりして、それで悩みがあったとしても、手術に関するリスクを負うこともないんじゃないか?と。でも同時にこうも強調するようにしている。でも決めるのは自分の体の主である君自身だ。君の体は僕のものでも誰のものでもない、君自身のものなのだからと。

大人になって必要になるのは、パートナーとの誠実な関係性だ。

つまり、感情をもとにするのではなく、リスクも含めた正確な知識をもとに、自分自身で決めることが大切ということだ。もし君がもう大人になっていたら、悩みが最悪だった時期はもう過ぎていることだろう。これから必要になるのは、パートナーとの誠実な関係性――自分の体の部分について正確に誠実に話せる関係――だ。真剣な関係なら尚更。そういう真剣な相手なら、はじめて見る時もそれほど ショックにはならないと思う。実際、多分だけど、どうやればいいか一緒に考えるってこと自体、楽しくさえ思えるかもしれない。

話し合うのに戸惑いすぎて、君のもとを去っていく女性も一定の割合でいることだろう。でもそれは去っていく相手の問題であって、君が悪いんじゃない。ハネムーンまで先延ばしにしてしまうよりも、先に話しておいた方がはっきりするだろ?僕の場合は、今の妻にはかなり早く話しておいた。(付き合いだして4週間後くらい)。彼女はちょっと興味深げな感じだったけど、ふたりの関係には何の影響もなかった。結婚してもう30年だ。妻は看護師をしていて、それがどういうことなのかすぐに理解できる人だったということで、ちょっと安心感もあったのだと思う。妻は今でも言うのだけど、僕は考えすぎで、自分の方はすぐに慣れた、なぜ今でもそんなに問題になるのかよく分からないのだそうだ。自分としては、ここ4・5年インターネットで話ができるようになったからだけなんだけど。

 

妻と付き合いだす前に、別の女性と関係を持ったことがあったが、その人とはうまくセックスはできなかった。僕としては、尿道下裂はそれほど問題なんかじゃないと自分に証明したくて、そういう関係を求めたんだと思う。まあ、確かに普通のよりも大きくて尖ったのの方が、そういう女性には良かったんだろう。あまり気にしないでおくようにした。自分たちの息子には少しポジティブなほどに話すようにしてきた。他の人とはちょっと違う体験をすることになるだろうなと。自分のそういう違いを大事にしてほしいと。

 

誰か好きになった女性がいても、アプローチするのにかなり不安を持っていて、手術した方がいいんじゃないかと思っている人たちには、こう示唆してきた。手術するかどうか決める以前に、セックスがうまくなる方が良いってね。たいていの場合だが、自分ひとりで考えてると悩みは現実以上の妄想みたいになりがちだから、それが手術する理由になってしまっては冷静じゃなくなる。もちろん、挿入が不可能だったり痛みを伴うくらい屈曲が大きな尿道索のような場合は別だけどね。(訳者注:尿道索は、尿道下裂に伴うことが多い陰茎の屈曲のこと。お腹側に屈曲していたり、陰茎がねじれたようになっている場合もある)

 

実際に本番でどうなのか、可能なのか確かめるには、誠実な関係のガールフレンドや将来の結婚相手と確かめ合うのがいいと思う。(今のような時代なら、不可能なことじゃない)。もう一度言っとくけど、もちろんこれは、それぞれ自分自身の状況や考えの上でそれぞれが決めることだけどね。僕の場合はある意味幸運にも、20歳の時に理解してくれる女性がいて、自分で確かめることができた。その後ふたりで問題になることもなかった。インターネットで話をしている今の若い男性たちの多くは、30歳かそれ以上まで経験をしていないか、まだ経験がないという人も多い。みんな、馬鹿にされるんじゃないかっていう不安が大きすぎて、女性にアプローチしようとしてこなかった。たいてい彼らは子どもの頃や思春期の時に何のアドバイスも受けてこれなかった。外科手術よりも心理的な助け の方がまず必要だっていうのは、つまりそういうことなんだ。

理解できる年齢になったら、自分だけじゃないんだって伝えてあげて、同じ体の状態の男の子・男性たちと話ができるようにしてあげてほしいと思います。

尿道下裂の状態とともに生きていくっていうのは、お医者さんたちが想像するほどには、世界の終わりのようになる必要はないと僕は思ってる。だから、手術もそれほど急ぐこともないと。僕は8歳になるまで自分と他の男子との違いに気が付かなかったし、だからそれまで何かの医療的決断を急がされることもなかった。8歳なら、子どもでも十分自分でどうしたいか決定に参加できる年齢だろう。ペニスは大きければ大きいほどいいなんて、つまらない考えに触れる前でもあるだろうし。

でも、親御さんの皆さんは、息子さんには最初の日から尿道下裂について話をしていった方がいいと思います。お子さんが年齢に応じて理解できる範囲でできるだけ早く、ゆっくりと事実について説明していけるようにして下さい。僕自身は尿道下裂のことで自殺したいとか思ったことは一度もありません。だから、すぐに手術に頼るのではなく、ちゃんとリスクも勘案しながら考えていただきたいと思っています。

 

昔は実際に手術が難しかったり費用が高く付くということで、たとえば割礼の失敗でも、男の子の性器を切除して、女の子に育てるということまであった。(ジョン・ジョアン症例と呼ばれているケースだ)。(訳者注:「ジョン・ジョアン症例(双子の症例)についてはこちらを参照。ここでの「割礼」とは、欧米圏、特にアメリカで最近まで広く行われていた男子乳幼児への包茎手術を差す)。これでもまずやらなくちゃいけなかったのは、女の子への性転換なんて全くの論外で、まず必要なのは親御さんや息子さんへの心理的なケアであり、手術を急ぐことではなかったと確信している。

 

尿道下裂を持つまだ幼い男の子に必要なことは、僕自身は受けることはなかった。尿道下裂についての早期からの情報提供や、同じような体の状態を持つ男の子・男性・家族とのコネクション。それに、自分だけじゃないんだって思えるように必要なことをね。息子さんが自分の体の状態を理解できる年齢になったら、自分だけじゃないんだって伝えてあげて、同じ体の状態の男の子・男性たちと話ができるようにしてあげてほしいと思います。インターネットでもいいでしょう。手術の有無に関係なく、つらい時期を何とかやっていくのに助けになると思います。僕のような兄ちゃんに話せるようになったら、尿道下裂でも大丈夫だと思ってもらえると思います。手術のリスクを理解できる年齢になったら、手術について自分でどうしたいか決定に参加できるようにさせてあげて下さい。友達に見せても大丈夫になると、息子さんに無理やり手術を勧めるのはやめてあげて下さい。息子さんの体は息子さんのものです。

14歳、はじめて自分と同じような人を見かけて、自分だけじゃないんだって初めて思えて、とてもうれしかった。

先にも言ったように、自分のが他の男子たちのと違うと学校で分かったのは、僕が8歳の時だった。ちょっとした焚き火をしようとした時だけど、消化用に準備してたのは水の入ったスプレイだけで、消そうとみんなと火におしっこをかけた時、僕のだけが火に向かってまっすぐ真下に出たのを、みんながちょっと興味深げに見たというのがきっかけだった。何でそうなのか僕自身説明できなかったけど、このことも、ちょっと変わった出来事だったくらいで、みんなすぐに忘れて、それ以上関心を持つこともなかった。でも僕自身は、なぜ自分のだけが違っていたのか、とても戸惑った。年の近い妹と一緒に育っていたので、彼女のがどんなのか知っていたから、自分のが何なのか戸惑ったんだ。僕のって一体何なんだ?っ て。

もうちょっと大きくなって中学の時も、何度か周りに気づかれたことがあった。僕が行ってたのは男子校で、ジムや屋内温水プールまであるところだった。ジムで 汗をかいた後は、(プライバシーのない)シャワールームで裸でシャワーを浴びて、プールに入って泳いで体を冷やすってことになってたんだ。だから何度か (と言っても2,3度だけど)気づかれた。内輪でちょっとだけ話になったり指を指されたこともあった。そんな時はそりゃ戸惑いもしたけど、もうすたすた歩いて体を拭いて服を着てって普通にしてた。クラスメイトがちょっと話してたりしてたのは見たけど、こちらに訊いてくることはなかったな。でも身体的に傷つけられるようなことはなかったし、自分としても生活上普通にもっとやらなきゃいけない大事なことがあったから、そんなに気にしなかった。時間が経つに連れ 少しずつ内気な性格になってったっていうのはあるかもしれないけど。

 

ちょっと大きなことは一度だけだな。上級生とプールにいた時だ。そいつが後ろにやってきて、海パンを脱がされたってことがあった。とっさのことで正直どうすりゃいいか分かんなかった。それでそいつは、なんでこうなってるのかって訊いてきたんだ。「生まれた時からこうなんだよ」ってそのまま言った。そしたら満足したんだろう、(その上級生からは遠くから見てたのかもしれないし、誰かから聞いたのかもしれない)、その場を去っていった。それ以降は何もなかった。これくらいかな?学校生活12年で戸惑った経験は。確かにその時は心が痛んだ。でも手術のリスクを取るほどのことではなかったように思う。

 

それと覚えているのは、14歳かそこらで父親と農芸展覧会に行った時のことかな。男性用トイレが個別のじゃなかったんだ。昔風の、並んで溝に直接するような。みんなに見える状況で立ち小便するのは戸惑ったことを覚えてる。しかるべき場所にまっすぐすることができなかったからだ。でも周りの人がそれに気がついたかどうかは定かじゃない。でもトイレから出るとき、トイレしている他の人のを見かけたんだけど、ビックリした。彼(大人だ)も、僕のと全く同じようなペニスだったからだ。まあ、僕のよりも大きめだったことは認めるけどね。その時までは、こういうのは自分ひとりだけだという強迫観念にとらわれてて、他の人のはどうなんだろうと機会があるごとに気になってた。シャワールームで学校の友達のをよく見てた。大きい奴はいた。でも僕のようなのは全く見かけることがなかったから、落ち込んだりしたこともあった。だから、14歳、農芸展覧会ではじめて自分と同じような人を見かけて、自分だけじゃないんだって初めて思えて、とてもうれしかった。

 

あとは17歳のとき。学校の図書館で生物学の教科書で尿道下裂について見て、自分だけじゃないんだってことだけじゃなく、実はけっこうあることなんだと知った時もうれしかった。それは、この体の部分の状態がどういう名前なのかってことと、思ってた以上に多いんだって初めて知った瞬間だっ た。”Hypospadias”をどう発音するかは分かんなったことは告白しておく。(訳者注:尿道下裂は、英語で”Hypopadias”(ハイポスパディアス)と言います)。まさにこの時から、こういう体の部分と共に生きていこう、もう心配するのはやめようと思えたんだ。そしてこの体験が、20歳大学生のとき、童貞を失うところまでつながった。野郎と友だちになるよりも、好きな女性との関係の方がずっと安心した気持ちになれた。これは多分、家で妹達と育ってきたことや、男子校でちょっとビクビクしてたのとも関係があると思う。学校ではクラスメートのほとんどからは遠ざかって、友だちは、自分の「秘密」を打ち明けられるくらいの本当に親しくしてた数人だけだったから。女性のほうが、男みたいに一方的な判断しないので、仲良くなりやすくて、僕も信頼できたってことに気がついたんだ。

 

それからは、尿道下裂でなにか大きな出来事っていうのは特にない。ここ数年前までは、好きな女性(2・3人くらい)以外には別に誰かに話すこともなかったけど、徐々にインターネットでは多くの人と尿道下裂について話すようになった。それに、なによりも、息子と深くこの話をしていきたいと思えました。何と言っても、僕自身が同じ体の状態なんだから、たくさんのことを知っていましたし。

こういうことは普通にあることなんだ。

この体の状態は、多くの要因から起きることだということも学びました。僕は環境科学者で、尿道下裂の増加の要因になっているかもしれない環境ホルモンについても議論することもあります。興味深いことに、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)の研究では、更に高度の尿道下裂(僕のは軽度ですが)の頻度が増えているようです。ですので、今後環境ホルモンについての議論を更にオープンにしていくことは避けられないと思っています。それは、このような体の状態や可能性のある原因について知らない人たちに、理解してもらえるようにしたいからです。それに、これからの子どもたちが、見た目だけを目的にした手術を受ける必要性がなくなるようにとも。これは通常の範囲のうちのひとつに過ぎないんだと。

性分化疾患

環境ホルモンの影響と言っても、母親のせいとかでは決してありません。あるカンファレンスで、尿道下裂は母親の体内での環境ホルモンの影響の結果だと言っていたある女性に、実は僕も息子も尿道下裂を持っていると話したことがありました。息子と僕の会話をたまたま聞いていた彼女が、個人的に、実際これがどういうものなのか訊いてきたんです。僕は彼女に説明しましたが、多分、訊くべきじゃなかったと思ったんでしょう、彼女はひとりで慌てたように困惑してました。

 

でも僕の方は特に話すことに全く問題はなくて、彼女が慌てふためくのをちょっと申し訳なく思ったくらいでした。その女性は、環境問題などのフィールドで働いてるけど、このような体の状態がけっこうあることなんだって知らなかったのは明らかでした。そういう事実を受け入れるのに助けが必要なのは彼女の方で、僕たちではありません。もっと多くの人に、こういうことは普通にあることなんだと知ってもらえれば、これからの男の子たちが自分だけで背負わなくちゃいけない問題ではなくなるんじゃないか、そう思っています。

 

手術について考えている皆さんには、少し待って、息子さんと一緒に話し合って決めることについても選択肢のひとつとして考えて下さい。慌てることはありません。生死に関わる話じゃないんですから。大工さんの古い格言を思い出してもらえればと思います。「2回測ってから切るように。切るのは1回きりなのだから」。

 

皆さんの人生に乾杯!

正確な知識の普及と、違いを認め合える社会を!

現在欧米では、尿道下裂の状態で生まれた男の子・男性たちが辛い思いをしないよう、医療での支援体制や、サポートグループが整備されています。辛い思いも嫌な思いもみんなで共有して、活き活きと人生を生きていらっしゃいます。

尿道下裂を持つ男の子・男性とその家族のためのサポートグループ

尿道下裂を持つ男性たち

尿道下裂を持つ男の子たちとそのきょうだい・家族の皆さん

尿道下裂サポートグループ大会の様子

尿道下裂を持つ男性たち

尿道下裂を持つ男性たち

尿道下裂の状態で生まれた男性たち

尿道下裂を持つ男性と、支援者の医療人類学者アリス・ドレガーさん

(DSDs(体の性の様々な発達:性分化疾患)は、「男か女か曖昧な人」「両方合わせ持った人」「男でも女でもない性」「第三の性別」などを差す概念ではありません。また、体の性の発達状態は、性別同一性・性的指向とも関係はありません。尿道下裂の状態で生まれた男の子は全くの男性です。)

オランダの文部科学省に当たる教育文化科学省の解放政策局の要請により、政策研究機関である社会文化計画局が作成した、世界ではじめての国家機関による、DSDs(体の性の様々な発達:性分化疾患)を持つ人々の実態調査書を日本語に翻訳しました!

 

探索的調査としながらも、DSDsを持つ人々への綿密なインタビューや、世界中の患者団体、多くの調査研究からの情報などを総合し、誤解や偏見・無理解の多いDSDsについて、極めて客観的で当事者中心となった報告書になっています。

 

近年日本でも、教育現場や地方・国レベルで、性的マイノリティの人々の一つとしてDSDsが取り上げられるようになっていますが、DSDについての知識が不十分なまま進められている現状があります。

 

性教育などでDSDsについて触れたり、地方・国レベルでDSDを持つ人々と家族についての政策を進言したいとお考えの皆様には、とても参考になる資料です。是非ご参照下さい。

オランダ社会文化計画局報告書

 「インターセックスの状態/性分化疾患と共に生きる」

ネクスDSDジャパン DSD(性分化疾患)を持つ子どもと家族のための総合情報サイト

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日本性分化疾患患者家族会連絡会:ネクスDSDジャパンは、世界のDSDs患者家族会・サポートグループと連携し、主にDSDを持つお子さんとご家族のための医療ケア、子育ての疑問などについて、世界中のサポートグループからの情報を発信し,日本の性分化疾患各種患者家族会との連携をしています。

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