私たちは,性分化疾患(体の性の様々な発達:以下DSDs)各種体の状態について,海外の患者家族会・サポートグループ・人権支援団体から情報をいただき,日本においてDSDsについての正確で患者家族のみなさんにとって有益な情報を発信するプロジェクト「ネクスDSDジャパン」です。
おかげさまで日本でも多くの患者家族のみなさん,医療関係者の方からもコンタクトをいただき,日本でのDSDs医療の改善充実,各種体の状態に応じた患者家族会の支援にも努めております。
さて先日(2017年8月20日)付の毎日新聞社 丹野恒一記者様の記事「性分化疾患 手術せず性別変更「心の性」重視し家裁許可」において,DSDsのひとつの体の状態について,卵巣や子宮などの摘出手術なしにご本人の性自認(この場合は男性)を尊重し戸籍の性別を訂正する許可が家裁において出たとの報道がなされました。この事実自体は先立つ2017年3月に行われたGID(性同一性障害)学会第19回研究大会・総会での一般演題の一つで発表されたもので,その5ヶ月後のこの時期に毎日新聞社丹野記者の記事として報道されたという経緯があります。 (この記事が配信されてから1ヶ月後に,日本弁護士連合会様によるシンポジウム「何が問題?『性同一性障害』と法」が開催される予定とのことです。このシンポジウムでは,性同一性障害の皆さんの,いわゆる「手術要件」について考えるそうです)。
まず,今回のDSDsのひとつの体の状態について,卵巣や子宮の摘出手術なしに戸籍訂正が認められたことは非常に重要なことであり,私たちも今回の決定を歓迎したいと思います。
また,私たちは性同一性障害・トランスジェンダーのみなさんのおかれている状況については門外漢ではありますが,毎日新聞社様の当該記事に全面的に書かれている通り,性同一性障害やトランスジェンダーのみなさんに対する,手術無しでの性別変更が今後認められていくことも社会的にとても重要なことであると考えております。
ですが,今回の記事については,いくつかお話をさせていただかなくてはなりません。
今回記事に書かれたDSDsのひとつの当該疾患は,アンドロゲンという一般的には男性に多いホルモンの出生前の過剰分泌によって,全員ではありませんが,出生時にその場ですぐには性別がわかりにくい外性器の状態(陰核の肥大化・陰唇の癒着など)で生まれてくることもあり,その場合は然るべき検査の上で,染色体はXX,性腺は卵巣,子宮も膣もある女の子・女性である事が判明する体の状態です。
ですが,この当該疾患はなによりもまず,生命の維持にとって非常に重要なホルモン(ホルモンは性に関するものだけではなく,生命の維持にとって不可欠なもののほうが多いのです)が欠損しており(アンドロゲンの過剰分泌はこの生命維持に不可欠なホルモン欠損の副次的結果です),ケガや発熱,あるいは手術などの身体的ストレスがかかる場合,生命維持に不可欠なホルモンの欠損から身体のショック状態となり,嘔吐・下痢などの症状から急速に脱水症状,血圧低下,ひきつけなどの意識障害,呼吸困難におちいり,病院での緊急の適切な対処がなければ命に関わる状態となります。実際に日本でも急性ショック状態により死亡する子どもたちもいて,一生お薬の服用が欠かせなくなります。当然ですが患児家族のみなさんの日常生活での不安が高いこともあり,親御さんもお子さんを健康に産んであげられなかったという罪悪感にさいなまれます。
今回の記事では「医療上の理由」と短くしか書かれていませんが(本当は当該疾患についてもっとも重要な話のはずなのですが),該当疾患において手術なしの戸籍訂正が認められたのは,「心の性別が重視された」と言うよりも,まさしく手術という身体的ストレスではショック状態におちいる命の危険性のリスクがあるためです。その意味で今回の決定は大変重要なことなのです。
ですが更に,記事には触れられず,現在DSDsについて何らかの形でぜひ取り上げたいと思う人々が完全に見落としているところがあります。
たしかに当該疾患においては数%の人が何らかの性別違和を抱え,その中でも男性への性別訂正を果たす人もいます。ですが,みなさんには決して見えない,あるいは皆さんの興味には乗らない,残りの大多数の「女性・女の子」にとっては,同じく命の危険性を抱えながら,同時にこの該当疾患による自身の最も私的な領域の状態についてのとても大きく深い苦しみや悩みを抱え,ですが誰にも言えない相談できないという体の状態に他ならないのです。
みなさんには想像ができないところかもしれませんが,女性の方は自分自身のこととして,あるいは自分の娘さんのこととして想像してみてください。先程「陰核の肥大と陰唇の癒着」と簡素に書きましたが,自分自身や娘さんがそういう体の状態にあるということを。自分の最も私的で弱い領域です。みなさんや娘さんがもしそういう体の状態である場合のことを想像してみてください。ある海外の該当疾患の当事者女性は,イギリスのドキュメンタリーに番組に出演され,次のようにお話されています。
「他の人と違う体だってことはやっぱりつらい。愛する男性に初めて話すという時は特に。素晴らしい時間に酔うこともなく,感じるのは恐れ。裸になる瞬間,どんな反応が返ってくるのか?恐怖?部屋から逃げ出していく?」
当該疾患の多くの女性については,自身の極めて私的で最も傷つきやすく,それ故もっとも大切にされなくてはならない領域の話です。(そこへの無神経・無遠慮な侵犯・侵害は,「魂への暴力」ともたとえられます)。自身の身体についての悩み,それだけでも非常につらい思いをしながら,DSDsを持つ人々全般への「男でも女でもない・男女不明確」というステレオタイプな偏見は,そういう人々の女性としての尊厳を傷つけ(子どもの患者さんもいるのです),それを避けるために該当疾患の女性と家族のみなさんは体のことをどこまでも隠し続けざるを得ないという状況にあります。自身の身体の状態に悩み苦しむ女性が,世間から「あの人は自分を男と思ってるかもしれない。性器はどうなっているのか?セクシャリティはどうなっているんだ?」と興味本位の視線でジロジロ見られるかもしれない状況では,自分の体のことは隠さざるをえないのは当然でしょう。むしろ,DSDsの社会的問題の中心はまさにここにあるのです。
事実,この該当疾患は命にかかわるものでもあるということから難病指定もされていて,医療費助成の対象ともなっているのですが,DSDsに対するステレオタイプな偏見から,保健所に医療費補助申請がしにくいという訴えがあり,今回の毎日新聞社様の記事について,外で病名を言いづらくなるかもしれないという懸念も出ています。(この文章において疾患名を一切書いていないのはこういう理由からです)。
この文章をお読みの方の中には,それは他のマイノリティへの差別的感情があるのではないか?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。ですがマイノリティとは数の問題ではなく,その置かれた社会的状況のつらさであり,またあるマイノリティの人々の権利を求める動きが他のマイノリティの人々の尊厳を奪うようなことになってはいけません。ましてや,自身の体の状態に悩み苦しむ女性・女の子に対して,「男女不明確な人」「男性になりたいと思うことのある人々」という一方的なイメージで見られることを喚起するような動きは,当該疾患を持つみなさんの女性としての尊厳を傷つけ,社会的孤立を更に進めてしまうことにもなります。
様々な偏見(偏りのある見方)の中でも,日本でもやっとのことで患者家族のみなさんが患者家族会を組織し,その中にはLGBTQ等性的マイノリティの人々や身体障害など様々な他のマイノリティもいらっしゃり(ですが何よりもまず当該疾患や各種DSDsを持つ子ども・人々と家族自体が1つのマイノリティなのです),一緒になって会の維持と,まだ個別に孤立して何の社会的サポートも得られていない他の患者家族のみなさんに手をのばすことに懸命になっていらっしゃいます。
また今回の丹野記者の記事は,今回の性別訂正の許可をして,(性同一性障害やトランスジェンダーの手術なしの性別変更への)「後押しとなる」とされ,実質上性同一性障害やトランスジェンダーの人々の手術なしの戸籍変更についての記事となっており,当該疾患の手術には生命のリスクが伴うことや,DSDs該当疾患のみなさんの現実の状況についてはほとんど触れられていません。
私たちは決して「利用」という言葉は使いたくないと思っていますし,またDSDs当該疾患のおふた方の手術なしの戸籍訂正も命にかかわるということから認められたことも歓迎しています。ですが,他の多くの患者家族のみなさんのつらい状況はまったく触れられず,むしろその心を侵害するステレオタイプな偏見を広めてしまう状況については,たとえその意図がなくとも,「利用」という誹りを受けても感情的にはおかしくないと理解しています。
誰かの幸せのために,誰かが不当に侵犯され,「後押し」・踏み台とされるようなことは決してあってはいけないことです。誰かの幸せのためなのだから,お前たちは我慢しろというようなことは決してあってはならないのです。ましてや今回の当該疾患やDSDsには,自身の身体の中でも最も私的で人間にとって最も弱く,他人の身勝手な侵害は本人の心を大きくえぐる領域に関する問題を抱えることになる体の状態も多いのです。(DSDsを持つ人々とLGBTQの人々との間の,似たようなことは実は今回だけでなくこれまでも世界各地で起きていて,長年DSDsを持つ人々と家族の支援を行ってきた医療人類学者のアリス・ドレガ―さんは「生け贄」というかなり強い表現で批判されており,海外の人権支援団体でも大きく問題視されているところです)。
「多様性により多彩な豊かさを生み出すというのだ。しかし、この種の考え方は実際に子供の立場で考えてみると私には疑問だ。子供を社会の進歩のために生け贄として差し出しているように思えるのだ」
このような状況になってしまうのは,ただただ社会の人々には,「男でも女でもない人」「性自認の問題」というステレオタイプなイメージが広まっている故に,DSDs・該当疾患の人々の現実の状況がまったく見えない,あるいは知識として分かっていてもそれが実際にどういう体験となるのか全く想像力が働かないという理由があると思います。ですが,自分の身体の中でも最も私的な領域において,それが他の多くの女性と違うという場合は特に,世間に向けて積極的に話をしたいと思う人はほとんどいません(ご自身ならどうか想像してください)。どうか,DSDsを持つ人々の大多数が声を上げられない状況についてもご理解いただきたいのです。
また,LGBTQなど性的マイノリティのみなさんについての話題など「性別というくびきからの自由・解放」といった「前向きな」物語が語られることが好まれる中,DSDsについてある種の事実のみに目を向け,それ以外の状況にはまったく目が向かなくなってしまうという社会的状態もあるように思います。
丹野記者はご自身のルポの『境界を生きる』の中で,「前向き」ということを強調されていました。ですが,その「前」とは,その人々にとっての前でしかなく,他の人々にとっての「前」であるとは決して限りません(全員が自分と同じ「前」を向くべきだというのは傲慢にほかなりません)。
私たち人間は,「前を向く」時,更には遠い理想の先に目を細め夢見る時,実は最も視界が狭くなる ――自分が見たいものだけを見て,ほとんどの状況に「背を向け」,あるいは背中から足を引っ張るものとして認識してしまうこともあるのです。(DSDsを持つ子ども・人々と家族の実際の状況,子どもの最も私的な領域にも関わる話だからとご説明し,慎重な対応をお願いしたいとお伝えしたところ,「インパクトのためですから」と言い放った方もいらっしゃいました)。このようなことは私たち人間の歴史の中でも今現在でも様々な国々・民族の人々に対しても行われてきていることです。ですが,この社会で生きる私たち人間は,自分と異なる他者がいるということ,たとえその意図がなくとも,自分たちはいつの間にかそういう人々の尊厳を侵害しているかもしれないという想像力が常に必要なのでしょう。
DSDsの中には先天的な不妊となる体の状態もあり,それも体の性の問題のひとつとして非常に悩み苦しむ女の子・女性のみなさんもいらっしゃいます。今回の該当疾患では卵巣や子宮は問題なく,たいていの場合妊娠は可能ですが,さまざまな治療法でも妊娠ができずに悩み苦しむ女性の方もいらっしゃいます。(やはり自分の最も私的な領域の手術を望む女の子・女性も多いのです。その場合身体ショックをなんとか抑えるためのお薬を大量に投与しながらになりますが,生命のリスクは伴います。ですがそれでも手術に望まれるのです)。ですがこのようなエピソードは,元より自身の身体の中でも最も私的な領域に関わることとして自分から誰かに話そうとは思えませんし,メディアで取り上げられることもありません。
今回このような文章を書くことについて,該当疾患の患者会のみなさんからたいへんつらい思いをしているということを知らされ,自分とは異なる女性のみなさんや女の子の娘さんの大変私的な決して侵害されてはならない領域のことについて文章を書くというのは,私自身たいへん迷い,戸惑い,心痛く思いながらの作業となっています。(DSDsと言ってもいくつかの体の状態があり,それによって体の状態も社会的状況も全く異なってきます。あるDSDの人が別のDSDの状況を全く知らないということは普通にあって,その場合は全くの赤の他人の介入となるのです。また,該当疾患の女性・女の子・家族の中には決して言ってほしくないと思う人も多いことでしょうから)。
ですが,ここで社会の皆さんに対して伝えるべきを伝えておかなければ,また同じようなことを繰り返し,誰も見えないところで誰も見ようとしないところで,人間の最も私的な領域について大きく心の傷を受ける人々が出てくることを少しでも防ぎ,社会の人々の理解とご配慮をいただきたいと思い,筆を執らせていただきました。
最後に,性同一性障害やトランスジェンダーのみなさんの社会的状況が少しでも良くなっていくことをお祈り申し上げます。
ネクスDSDジャパン
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