日本性分化疾患患者家族会連絡会

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ネクスDSDジャパン DSD(性分化疾患)を持つ子どもと家族のための総合情報サイト

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日本性分化疾患患者家族会連絡会:ネクスDSDジャパンは、世界のDSDs患者家族会・サポートグループと連携し、主にDSDを持つお子さんとご家族のための医療ケア、子育ての疑問などについて、世界中のサポートグループからの情報を発信し,日本の性分化疾患各種患者家族会との連携をしています。

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オランダの文部科学省に当たる教育文化科学省の解放政策局の要請により、政策研究機関である社会文化計画局が作成した、世界ではじめての国家機関による、DSDs(体の性の様々な発達:性分化疾患)を持つ人々の実態調査書を日本語に翻訳しました!

 

探索的調査としながらも、DSDsを持つ人々への綿密なインタビューや、世界中の患者団体、多くの調査研究からの情報などを総合し、誤解や偏見・無理解の多いDSDsについて、極めて客観的で当事者中心となった報告書になっています。

 

近年日本でも、教育現場や地方・国レベルで、性的マイノリティの人々の一つとしてDSDsが取り上げられるようになっていますが、DSDについての知識が不十分なまま進められている現状があります。

 

性教育などでDSDsについて触れたり、地方・国レベルでDSDを持つ人々と家族についての政策を進言したいとお考えの皆様には、とても参考になる資料です。是非ご参照下さい。

オランダ社会文化計画局報告書

 「インターセックスの状態/性分化疾患と共に生きる」

 

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エヴァが生まれた日

Eva's Birth Story

5α還元酵素欠損症を持って

生まれた赤ちゃんのお母さん

 

 

夫も私も、私達の人生が娘と終えるのか、息子と終えるのか、そのことは気にしていません。けれども、娘が自分自身で決断を下さねばならないその時を想うと、少し胸が苦しくなる毎日です。

 何らかの障害や、他の人とは少し違う体を持って生まれたお子さんのご両親、特にお母様は、ショックに始まり、大きな不安、怒り、悲しみ、申し訳なさ、自信の無さ、寄る辺なさ、疑惑、懇願など、様々な気持ちを抱かれると思います。そして同時に、そう思う自分に対して、お子さんへの罪悪感を感じられる方もいらっしゃるでしょう。このような感情はとても苦しいもので、簡単にことばで言い表すことができるものではないと思います。その感情の強さは、時に、お子さんを亡くしてしまったというほどの強さにもなりえます。

 強調しておきたいのですが、ご両親がこのような感情を持たれるからと言って、だから悪い親だということには決してなりません。障害などを持って生まれた子どもの親御さんは、たいていの場合、このようなネガティブな感情を持たれるものです。そして、そういう感情の砂嵐の中をじっとくぐり抜けることで、むしろお子さんとの絆を深くしていくことも可能になるのです。そしてそのためには、どのような思いであれ、ご両親のお気持ちをしっかりと受け止めてくれる人が必要になります。

 ここでは、そのような親御さんのおひとりの体験談をご紹介します。待望の赤ちゃんの誕生でしたが、赤ちゃんが性別がすぐには分かりにくい外性器の状態を持って生まれ、地方にお住まいということもあって信頼できるお医者さんとの出会いに恵まれず、確定した診断が出るまでに時間がかなりかかった親御さんの体験談です。(日本では地方ごとにDSDの拠点病院となっているところがあります)。

 様々な方が、このサイトをご覧頂いていると思います。DSDを持って生まれたお子さんのご両親、現に大人になった方、医療に関わる皆さん、何らかの支援ができないかとお考えの皆さん、様々なお立場の方がいらっしゃると思います。それぞれに様々な思いを抱かれることかもしれません。私たちが大事だと思うのは、とにかく、そのままの想いを、そのままに、ありのままに、受け止めていくことだと思っています。

 DSDを持って生まれたお子さんを持つご両親の中には、まだ体験が生々しいままになっている方もいらっしゃると思います。自分自身で振り返りができるとお考えであれば、目を通していただければと思います。

娘は今でもそうなのですが、穏やかに静かにこの世界に生まれてきました。

  

 娘が生まれてから1年たちますが、あの日のことを話すとやっぱり涙が止まらなくなります。あの日は、私の人生でも、もっとも信じがたく恐ろしい思いをした日でした。

 

 2010年11月22日午前1時ごろ、本当にひどい陣痛と出血で、私は夫に病院に連れて行ってもらいました。まだ35週と6日にしかなっていませんでしたので、入院の準備 もしておらず、いくつか検査をしたら帰れるのだろうと思っていましたから、何も持たずに病院に行きました。その12時間後、私たちの娘、エヴァは生まれました。

 

 彼女は今でもそうなのですが、穏やかに静かにこの世界に生まれてきました。自発呼吸がありませんでしたので、私たちは彼女をさすり続けねばならず、産声も覚えていません。彼女は申し分のない赤ちゃんでした。生まれてすぐにFacebookにもポストを送信しました。「生まれました!4週間早い目の2950グラムです!」。夫は苗字の綴りを間違ってポストしてしまい、私の母からさんざんからかわれました。

父がエヴァを抱いていたのですが、その表情から、父がなにか差し迫ったものを感じているのが分かりました。

 やった!生まれた!お薬も使わず自分でやり遂げた!でも、私が飛び上がらんばかりの思いだったのは、お医者さんが真剣な顔をして入ってきて、スタッフに声をかけているのを見かけるまででした。夫と私は部屋に取り残されました。お医者さんの表情から、何か嫌なことが起きていることが分かりました。エヴァの性器が異常に肥大しているのが見つかり、検査したところ精巣のように思われる。お医者さんたちは私たちに告げました。性別がすぐにはっきりしない性器を持って生まれた赤ちゃんは、もしナトリウムを正常に処理できない身体なら、死に至ることもありうる。なので、すぐに赤ちゃんを新生児室に移したい。そう言われたこと以外はあまり覚えていません。

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