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LIFE STORIES

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3人目のジム

ジムさん

部分型アンドロゲン不応症(PAIS)男性

父はいつも僕をこう紹介してくれてました。『これが私の息子だ。これ以上望みようがない息子だ』と。

 

御覧の皆様へ

 

 このエッセイの著者、アリス・ドレガーさんは、元ノースウェスタン大学医学部の生命倫理学教授で、長年、DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)を持つ人々とその家族のサポートのあり方について、神話ではない現実を元に調査、実践をされてこられた方です。

 

 今回ご紹介するのは、ドレガーさんが出会った男性、ジムさんのライフストーリーです。ジムさんはPAIS(部分型アンドロゲン不応症)を持っていて、生まれた時に、性別判定に然るべき検査が必要な外性器の状態で生まれました。

性分化疾患専門家 アリス・ドレガーさん

アリス・ドレガーさん

 PAISにもいくつかのパターンがあり、しっかりとした厳密な検査を行えば、男性か女性かが判明するのですが、ジムさんが生きていた時代、欧米では、まともな検査も行われず、行われたとしても、ペニスの長さだけで性別を振り分け、女児として育てる場合は、本人に知らせることもなく、ペニスと精巣を切除し、女性ホルモンを打ち、手術で膣を作るという無理矢理な「治療」が行われていました。

 

 ジムさんはそういう時代の中でも、ご両親の機転によってそのような「治療」を免れた男性なのですが、やはり他のDSDsを持つ人々の大半と同じように、孤独と苦難の人生を歩んでこられました。

 

 PAIS男性をはじめとするDSDsは「性のグラデーション」でも「男女の境界の無さ」でもありません。むしろそのようなご意見は、私たちの女性・男性としての尊厳を深く傷つけるものです。

 DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)は、「女性にもいろいろな体がある、男性にもいろいろな体がある」ということです。

 

 どうか、お間違いのないようにお願い致します。

 

 詳しくは「DSDsとは何ですか?」のページをご覧ください。

でもジムと会ってすぐに、彼は本物だと思いました。

 時々私はこういうメッセージを受け取るのですが、今回は、実はお互い数ブロックしか離れていないところにいたことがあったのだということが分かった男性からのメッセージです。その男性のお父様はこの近くのノースウェスト病院に、末期がんで入院されていたのです。

 「何度かISNA(北米のDSDsを持つ人々の人権支援団体)のウェブサイトを訪れていたのですが、もう更新はされていないんですね。ISNAは僕の人生を心底救ってくれました。あなたやシェリル・チェイス(ISNAの代表。卵精巣性DSDを持つ女性です)
(訳者注:シェリルさんは現在は本名のボー・ローラントを名乗っていらっしゃいます)のような素晴らしいみなさんは、どれほどの変化を生み出し、どれだけ多くの人々に深く影響を与えたか想像されていないでしょう。ありがとう。お会いして握手できれば光栄です」。

 私は次の朝に地元の喫茶店でお会いすることにしました。こういう突然の便りでよく経験することなのですが、このメッセージも偽者なんじゃないかと心配にはなってきていました。騙されてるんじゃないか?って。ジムは明らかに男性で、しかも自分はアンドロゲン不応症(AIS)のサバイバーだと言うのですから、彼のメッセージをちょっと疑っていたのです。

 

(訳者注:自分を「インターセックスだ」と名乗る人の中には,何らのDSDsを持っていないのに,自分はそうだと思いこんでいたり,偽ってそうだという人が多い。)

 AISとは、(男性に一般的な)XY染色体を持っているのですが、彼もしくは彼女の細胞に、男性に多いホルモンであるアンドロゲンを通常ならば受け取るレセプターがないために、外性器が、女性あるいは検査なしではすぐにはどちらか分かりにくい形態に発達する人の状態のことを言います。

 

 AISを持って生きているアメリカ人で男の子として育てられていた人はほとんどいないはずです。完全型のAISの人は、基本的に女性に(外性器も女性で、脳も私のような平均的な女性と比べても男性化することもなく)生まれます。平均的な女性も副腎からアンドロゲンを放出し反応していますから。

 そして、アメリカでは部分型のAIS(PAIS)を持った人の中で、誕生時に明らかに発達不全の外性器を持って生まれ、幼児期の「性別割り当て」を免れた男性は実はほとんどいないのです。この50年以上、部分型のAISやその場では特定できない外性器を持つXYの赤ちゃんは、性器を女の子に「割り当て」されねばならないと勧める医者がほとんどだったのです。

 

 外科医たちは、彼らの性器をより女性に一般的なものに見えるよう作り変え、精巣を切り取っていました。思春期が始まると、この子どもたちにはエストロゲン補充が始められていたのです。女の子として育てられ成人してから男性になったPAISを持つ男性には2、3人会ったことはありますが、そういう人は稀です。男の子として育てられた人はもっと稀だったことでしょう。

 

(訳者注:DSDsの領域では,このように,昔,男児だと分かっていても去勢して女の子に育てるような手術をされていたことを「性別割り当て」と呼んでおり,トランスジェンダー・LGBTQのみなさんのコミュニティでの「性自認が分からないのに勝手に性別を割り当てられている」という政治運動的な意味での「割り当て」とはまったく異なります。DSDsの当事者人権支援団体が求めているのは,当初からエビデンスに基づく女の子か男の子かの「性別判定」であり,現在DSDsの専門医療でも,臨床エビデンスと然るべき検査の上で男の子か女の子かの性別判定が行われるようになっています)

 

 でもジムと会ってすぐに、彼は本物だと思いました。会うと彼は泣き始め、話すことができなかったから、そうだと思ったのです。それは、秘密の中に閉じこもらざるを得なかったため、自分と同じ状態の人たちと会うこともなく、しかし勇気を持って私に会う約束をしたDSDsを持つ人が、以前から私に見せていた反応でした。

 

 私は秘密の中から出てくる道筋の役割となっていました。なので、彼らがドアを開ける時に初めて出会う人としての役目となっていたのです。私はいつも自分の反応にシンプルなシグナルを伝えられるようにしていました。「ええ、あなたは友達よ。ここで会えてうれしい!」と。

 

 自分が泣いてしまわないようにいつも苦労しています。ジムをハグして、彼が話す準備ができるのを待ちました。自分の人生は私がやってきたことのおかげで助かったのだと繰り返し、彼は話し始めました。私はいつもの言葉を言いました。「お会いできて光栄です」。

Image by Towfiqu barbhuiya
Image by Nathan Dumlao

彼が分かったのはただ、自分は人と違っていて、恥ずかしいものだと思われているということだけでした。

 それからジムはずっと彼の話をしていきました。(彼の許しを得ていますので中継しますね)。彼は男性外性器形成不全,つまり尿道下裂(尿道の開口部がペニスの下にある状態)と平均より小さなペニス、そしてヘルニア状態になった精巣を持って生まれました。

 

 医者の勧めに反して、彼の両親は彼を男の子として育てました。その医者はもちろん当時の標準通りに女の子の性別の割り当てを勧めてきたのです。彼の両親が医者に抵抗したのは、急進的だったからではなく、彼らがまだ若く、そんなことは怖いことだと思い、そしてきっと、何故精巣を持った自分の子どもを勝手に連れて行って女の子にしてしまうのか理解ができなかったからだと思います。

 しかしその当時の医者たちは、ジョンズ・ホプキンス大学の性科学者ジョン・マネーを通して、ジムのような男の子は「本当の」男の子(強くてたくましく男らしい男の子)には成長できないだろうと信じていたのです。医師はそんな子どもを「うまく」女の子にすることができる、ジムのケースであれば、精巣を取って陰茎組織を切除し、女性の様に見える性器を外科手術で作って、ずっと嘘をつき続ければとマネーは信じていました。

 ジムもその時、そしてそれ以降も時々嘘をつかれました。彼は、子どもの頃、ヘルニアの治療に加えて、尿道下裂の手術とペニスの「再構築」を受けさせられました。彼は、いろいろ考慮するなら手術はうまく行ったのだと言います。その外科医はそれほど野心的な人ではなかったのでしょう。(彼はラッキーなだけだったのだと、私が彼に言ってしまったかどうか自信はありません)。思春期には、彼に診断内容や医療履歴を見せることなく、彼を男っぽくしようとテストステロンの注射が行われましたが、それは彼が望みもしていない乳房の発達を引き起こしました。(高レベルのテストステロンはエストロゲンに変換されるのです)。ジムはそうして乳房縮小の手術をうけることになります。

 それでもまだ医者たちは何が起こっているのか彼に話しませんでした。彼が分かったのはただ、自分は人と違っていて、恥ずかしいものだと思われているということだけでした。自分には人と違った性器があるということが誰かにバレてしまうのではないかという恐怖心から、大学には行かなかったんだと彼は言いました。

 

 そのことが、今になっても何人かの外科医たちが「外科的再構築」を用いている根拠になっています。体の性の発達状態が非定型的であることが誰かにバレてしまうのじゃないかという恐れ…。でも外科医たちは、人とは少し違った性器が問題なのではなく、恥ずかしさといじめこそが問題なのだと思いつくことはありません。

 

 私はジムに言いました。「あなたが大学に行かなかったのは性器の問題じゃない。恥辱と更衣室が問題なのだと思う」。

 

 彼はうなずいてくれました。

彼は私がこれまで10人の違う人から10回聞いたに違いないことを口にしました。「駐車場まで出たんだ。そして読み始めた」。

 大人になった時、ジムは精巣をひとつ取りました。医学的な問題からです(訳者注:悪性腫瘍化のリスクからと思われる)。このことで、自然な性ホルモンの分泌が減少し、彼の鬱との格闘が始まりました。私はこれは偶然の一致だとは思っていません。これまでたくさんの人から、精巣を切除した後、鬱になったということを聞いており、テストステロンの急激な低下と鬱とには何らかの関係があると私は見ています。不幸なことに医師たちは、DSDsのある人たちの中にこういうことがあるのだと十分に学ぶことができていません。歴史的に医師たちは、ためらいすぎて、患者とDSDsについて誠実に話せなかったからです。

 ジムは、フォローアップ治療に泌尿器科医に行ってみたけど、その医者がドアの向こうで「ダメ。私には扱えない」と看護師に言うのを聞いただけだったと言いました。DSDsを持つ他の人たちからも同じような話を聞いたことがあります。

 

 そのうちの一人の女性は、「ヘルマフロディーテ(訳者注:「男でも女でもない両性具有・半陰陽」という意味。現在ではこのような表現は医学的にも間違いであり,人権支援上でも不適切とされています)は2番の部屋です」と看護師が言うのを聞き、またある人は、カルテを逆さに読んで「患者はAIDSであることを知らされていない」と書いてあるとその時思ってしまい、実際には「患者はAISであることを知らされていない」と書いてあったのだと知ったのはずっと後になってからだということもありました。

 

 こんな風に人間を医学的モンスターとして扱うのって、どんな外科医でもやれなかった以上に酷いことだと思うと私はジムに言いました。「魂を打ち砕く行為(Soul-crushing)」という言葉を私は使いました。彼はうなずきました。

 

 ジムは最終的に医師のところに行き、医療記録を手に入れます。そして自分に本当に起きていたことを知ることになります。彼は私がこれまで10人の違う人から10回聞いたに違いないことを口にしました。

 

 「駐車場まで出たんだ。そして読み始めた」。

 

 ジムのケースでは、自分はPAISで、両親が性別の割り当て(訳者注:男の子だと分かっていても手術で無理やり女性にしてしまうこと)に抵抗したということを彼は見つけ出しました。彼は、たった独りで、「男性仮性半陰陽」の診断が書いてある記録を読みました。それは溝落にキックを入れられるような体験でした。

 

 彼は個人的にはマネーに治療されたわけではありませんが、マネーの性に関する非定型的な体の発達状態を持つ子どもへのめちゃくちゃなアプローチに損なわれてきたのだとはっきりと感じました。

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 ジムは長年ひとりの女性と結婚生活を続けていて、子どもも育ててきました。 

 現在50歳になって、彼は素晴らしい内分泌科医と出会います。その女性はDSDsの専門家ではありませんが、この患者を担当するにはちゃんと彼のDSDについて学ばねばならないと思ってくれる人です。彼女は、精巣切除によって失われたテストステロンを補充する薬を出してくれています。彼はすぐに気分が良くなりはじめました。肉体的にも感情的にも以前よりエネルギッシュに。

 ジムは長年ひとりの女性と結婚生活を続けていて、子どもも育ててきました。彼の声の響きから、彼がとても妻と娘を愛しているのだと断言できます。「もし僕が女の子に育てられてたら、僕はレズビアンだっただろうね。我々の文化ではそれは困難なことになったろうけど、レズビアンでもOKだ」。「聞くな、話すな」が無くなって、自分と妻がどれだけ幸せだったか彼は私に語りました。

 

 ジムは以前不眠症で(彼の父親の入院のことでです)、それで一晩中私のウェブサイトを読んでいたのだと打ち明けました。彼は、「インターセックス」について話すのは止めて、「性分化疾患(Disorders of sex development)」について話すようにしたことに反対した人がいたことも私のウェブサイトで知っていると言います。ですが彼は、「僕は性分化疾患っていう新しい用語は好きだよ」と言いました。その用語は自分の経験をうまく掴むものだ―自分が持っているのは医学的状態なのだ、と。

(訳者注:現在「性分化疾患」は,欧米では「体の性の様々な発達(Differences of sex development)」と呼ばれるようになっています。)

 

 彼は、人々が「インターセックス」と聞いて思い浮かべるような、二つの性を持っているのでも、二つの性別の人(両性具有)なのでもありません。彼は性分化疾患を持っているのです。

父はいつも僕をこう紹介してくれてました。『これが私の息子だ。これ以上望みようがない息子だ』と。

 私はオフィスに戻って、別の二人のジムに、私の人生で一番新しく会ったジムと話をしてくれないかと手紙を書きました。ひとりは彼と同じPAISで、女の子として育てられましたが数年前に男性に戻ったジム。もうひとりは、尿道下裂を持っていて、「本当の」男性のように立小便ができるようにならねばというためだけに、何度も何度も「矯正」手術を受けさせられたジムです。

 

 私はその3人のジムみんなが掛け値なしに好きです。いつか3人のジムが全員会って、何の後ろめたさもなく抱き合うことができればと思っています。



追伸)

 

 ジムと私はあの後もメールのやりとりをしていますが、この原稿の草稿を終えた時ちょうど、ジムが手紙を送ってくれました。

 

 「父が昨日の夜9時に亡くなりました。僕たちは安らかな気持ちでいます。悲しいけど、安らかです。妙な展開ですが、父が最後に私にくれたのは、あなたと会うことを許してくれるというものでした。僕たちは最後まで僕の身体について話したことはありませんでしたが、父はいつも僕をこう紹介してくれてました。『これが私の息子だ。これ以上望みようがない息子だ』と」。

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PAIS(部分型アンドロゲン不応症)男性とは?

 DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)のひとつである、部分型アンドロゲン不応症(PAIS)男性は、男性に一般的な染色体XYと精巣を持っているのですが、男性に多い性ホルモンであるアンドロゲンを受け取るレセプター(受容体)が体に一部存在せず、生まれた時、男性か女性か然るべき検査なしではその場では分かりにくい外性器を持って生まれることもある体の状態です。

 

 現在ではちゃんと検査が行われた上で、パターン・ケースが把握され、男性か女性かが判明するようになっています。ですが、いずれにしても不妊の状態で、多くの男性・女性は孤独の中を生きていらっしゃいます。

  文中のジョン・マネーによる「性別割り当て」とはどのようなものだったのか,詳しくは以下のリンク先の記事をご覧ください。

3人目のジム DSD(性分化疾患)を持つ男性の物語
DSDsを持つ男性たちの物語