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尿道下裂の状態で生まれた男性の物語(1)

Lifestories of men with hypospadias

DSD(性分化疾患)のひとつ、尿道下裂を持つ男性

尿道下裂の状態で生まれた男性たち

 

 

 

尿道下裂を持つ男の子や男性が、それにまつわる辛いことや、守られる必要が多いということが理解されることこそ、細心のケアや心配りというもののはずだ。しかし、そういうことを理解している人はまだまだ少ないのだろうと思っている。

尿道下裂とは男の子・男性のDSDsのひとつで、生まれた時、尿道口の位置が陰茎の先端ではなく、陰茎の下側、陰茎の途中から陰嚢にかけてのどこかに開いた状態です。尿道口が陰茎の先端から少しずれた軽度の場合は男の子の155~375人に1人、陰嚢に近いところに尿道口が開いている高度の状態は、男の子2,500~6,000人に1人の割合で起きると言われています。高度の場合は、外性器の見た目だけでは性別がすぐには分からない状態であり、然るべき検査が必要になり、その多くが陰茎が弯曲した状態です。

 

男性に一般的とされている位置に尿道口を持っていく手術もありますが、特に高度の場合は複数回の手術が必要となり、本人や家族の精神的な負担がかかりえます。

 

また、手術の有無に関わらず、他の男性と自分との違いから、そしてこれは時代によってもかなり異なりますが、自分の男性性・男らしさを損なわれるのではないかという恐れから、自尊心を失い、友人関係・恋愛関係から遠ざかってしまう人もいます。ライフストーリーをお読みいただいてもお分かりいただけると思いますが、昔の時代を生きてきた男性たちはかなり辛い思いをしながら生きてこられていますが、欧米の最近の世代の男性たちは、医療での支援やサポートグループが整備されたことから、これも一つのちょっとした違いに過ぎないと思える人も多くなってきています。

ですが今でも、それぞれの違いを認めない価値観、「ペニスの大きさや形が男性の価値を決める」といったような時代錯誤な価値観、誤解・偏見がはびこっていて、多くの男の子・男性たちは、辛い思いを余儀なくされています。

 

日本でも、医療でのサポートや、サポートグループの整備、正確な知識の普及と、違いを認め合える社会のあり方が待たれます。
 

尿道下裂の状態で生まれた男性の

サポートグループ

(DSDs(体の性の様々な発達:性分化疾患)は、「男か女か曖昧な人」「両方合わせ持った人」「男でも女でもない性」「第三の性別」などを差す概念ではありません。また、体の性の発達状態は、性別同一性・性的指向とも関係はありません。尿道下裂の状態で生まれた男の子は全くの男性です。)

尿道下裂で生まれた男性たち(性分化疾患)

はじめに

尿道下裂と共に生きていく最初のステップでは、まずこの体の状態についての知識を増やしていくことが必須だ。そういう意味で、僕たちの個人的な話が役に立てればうれしい。こういう取り組みで、僕たちが嫌な思いをしなくてはならない間違った情報とのギャップを埋めていけると確信してる。

 

それに僕たちは、同じ体の状態を持った別の男性と会うことが、人生を変えるほどの出来事になると強く感じてて、みんなにも一度そうすることを勧めている。尿道下裂にまつわることが非常に多い、心の痛みや孤立、孤独について、他の男性が語るのを聞くことは、決して忘れられない体験になる。尿道下裂が軽度であろうと高度であろうと、手術を受けていようと受けていまいと、みんなはそういう語りから、尿道下裂にまつわるみんなの物語から、共通したテーマに気づくことだろう。それに、人生を切り抜けていくためにどういう戦術を取ってきたかってことにも、共通点がたくさんあると思う。

 

尿道下裂と何とかやってきた男性たちの物語を読むのも、同じような価値があると僕たちは思っている。同じような体の状態を持っている人はみな、それぞれの人生の物語を読むことで、その語りには実は、自分自身の物語が示されていることに気づくだろう。それに、尿道下裂があろうと無かろうと、これを読む人はだれでも、それぞれの語りの多くに、痛みと孤独感を感じるだろう。でもきっと、正確な知識と支えがあれば、尿道下裂を持っていても、だれでも充実した人生を歩んでいける、そういうレベルでの自分の人生の受け止めが可能なんだとも気づいてもらえると思ってる。

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22歳(イギリス在住)

僕は高度の尿道下裂の状態で生まれた。尿道口がペニスの先端と陰嚢のちょうど中間くらいに開いていた状態だ。子どもの時、この問題を解決するために手術を4回受けた。最初の12年間はうまく行ってたように思えた。僕のペニスは普通の形になったし、勃起もできるようになった。他の人と比べても「普通」の見た目になった。でも僕が性的な成熟を迎えた時、ペニスが大きくなってきたことで、ペニスの付け根、手術を受けたところが裂けてきて、いくつか「瘻孔(ろうこう)」が、つまり穴が開き始めた。ペニスの先端には「本物の」穴はあったけど、付け根にも穴がいくつか出来たってわけだ。そこから尿が漏れ始めたけど、とても戸惑いすぎて17歳になるまで誰にも言えなかった。また何度か手術を受けたけど、一部の解決にしかならなかった。女の子はこちらから避けてた。奇人変人じゃないかって思われると思ってたから。

 

いいニュースもある。19歳の頃、問題は全部忘れることにして、女の子と付き合いだしたんだ。ペニスの傷跡や穴を見たら、彼女とっても知りたがってくれた。男の子には結構多い体の状態なんだって説明した後は、彼女それほど気にしなくなって、付き合いは今も続いている。この経験は僕の自信に火をつけてくれたよ。今22歳で医学校の2年生。今も尿が漏れるけど、服を濡らさず立ってトイレをする方法を身に付けてきた。フィアンセはこの問題をさり気なく受け止めてくれている。いい感じでセックスもできるしね。尿道下裂のせいで勃起しても13センチほどだけど、彼女は、僕とのセックスを喜んでくれてるってことも言っておくね。ペニスが小さかろうと、尿道下裂で自信を損なわれる必要はない!

24歳(イギリス在住)

分かってる。確かに僕の場合はとても軽度のケースだ。その辺は心得てる。僕は自分のペニスに異常があるなんて全然気づいていなくて、7年前、正看護師やってる従姉妹から言われるまで、「尿道下裂」ってて言葉も全く聞いたことがなかったし。

 

小便する時に「まっすぐに」するのがいつも難しかったってってことは覚えてる。成長過程でも、今でもね。でもそれがなにか問題があることだとは思いもしなかった。トイレに立ってる時のちょっとの間、トイレの縁から出ないようにするっていうのは、なんだかすごく憂鬱なことだったけど。逆に最初から最後までトイレの外に出さずに出来た時は、なかなかレアなことなんで、すごい達成感があったくらいだ。思い返せば、なぜ自分がそういうことをうまく出来ないのか自分分かってなかった。うん、今ではわかってる。

 

10代の頃、シャワールームやジムのロッカーで他の男子のペニスがどんなものか分かってきた。形もサイズも違うってことに。意識のどっかで、僕は気がつき始めてた。形やサイズに決まったものなんて無いってことに。それぞれがそれぞれで、全員まるごとに判断されるべき決まった標準があるなんて、全然考えたこともなかった。ペニスのサイズなんて、僕は全然気にしなかったんだ。公平のために言っとくと、僕のペニスは確かに大きくもないけど、そんなに小さくもないと思ってる。包皮手術したかどうかについては、僕はしたほうだ。(訳者注:アメリカでは19世紀末から1990年台まで、宗教的・衛生的理由ということから、男子出生時には早期に包皮切除手術が勧められていた。現在では医学的・衛生的理由は特に無いとして包茎手術が推奨されることはないが、それでも6割の男児が出生後しばらくの間に手術を受けている)

 

話を戻そう。成長するに連れて、包皮手術してない男子がいることにどこかで気がつき始めた。(仲が良かった従兄弟の何人かもそうだった。学校でもそういう男子がいることに気がついた)。それでもそんなに気にするようなことじゃなかったし、そんなに考えることもなかった。変な奴もいるんだなくらいしか思わなかったんだ。マスターベーションの授業もあったけど、14歳になる3ヶ月前までその授業は選ばなかった。僕は遅咲きなんだな。けど、その辺でも尿道下裂が問題だったというわけじゃなかった。セックスっていうものがわかった時も。

 

僕のペニスのサイズはちょうど平均くらい。セックスで問題になったことはない(言っとくけど僕は異性愛者だ)。人生のこの時点で(言っても、22歳になってまだ数日だけど)、手術を受ける必要性を感じていない。分かってる。僕はこの体の状態でもラッキーな方だって。もっと辛いケースもあるんだって今では分かってる。もちろんこういう体の状態じゃなければ全然もっと良かったってことは言うまでもない。でも僕と同じような経験だった人とも会ってきた。なので僕の個人的な話が、この疾患を持つ人にどこかで役立てればと思ってる。

 

こういうとんでもなく重要な情報を提供してくれて、サポートサイトには感謝してる。こういう体の状態についてもっと知ることができた。同じ船に乗っている他のたくさんのたくさんの男性たちにもきっと伝えたいと思ってる。

31歳(アメリカ在住)

生まれた時、僕の尿道は陰茎の真ん中くらいに開いてた。先端包皮は普通の状態で、少し尿道索(訳者注:陰茎が腹側に曲がった状態)があった。本来尿道口があるべきところはちょっとした溝。弯曲は無し。大人だから、尿道策は僅かな感じで外から気がつくようなものじゃない。(尿道索の手術をしたかどうか、自然に軽い状態になったのかは分からない)。

 

子どもの時、自分の違いに気がついた時は、問題を感じてた。本来尿道口があるべき溝のところを突っついて穴を開けて治さなきゃとか思って。でも痛いだろうからその考えは諦めたけどね。でも、なんで自分は違うのかととても悩んでた。子どもっていうのは、支えや励ましがないと、こういうの乗り切れないからね。

 

僕の性的指向はストレートだけど、普通のペニスはどういうものなのかっていう好奇心が今でもあることは認める。こういう興味は、僕の年代の男子の「見せろよ俺のも見せるから」ゲームから来てるのかもしれない。そういう記憶を思い出すのは、別に性的な欲求じゃなくて、むしろ普通のペニスとその持ち主へのうらやましさや嫉妬なんだ。大人になっても、普通のペニスの写真なんかを見ると、その時と同じような思いを持つことがある。尿道下裂を持つ男性の多くと同じように、こういうのって、自分の性的指向が違うんじゃないかって混乱することがあるけど、それでも僕は自分を「ストレート」だと思ってる。

 

22歳で「正しい形にする」手術が終わった後、僕は手当たり次第女の子と寝るようになった。僕がセックスの相手になれるっていうのは、自信のように思ったからだ。セックスの相手は大勢いた。でもこういう行動は、自信や安心につながるどころか、僕の自信への渇望を肥大化させて逆に不安を大きくさせるだけで、どうすれば女性と親しい関係を結べるのか分からなくさせてしまった。

 

今はとりあえず独身にして、ひとりの女性とちゃんとした愛情関係を結んでいければと思ってる。報告できてうれしいけど、お互い尊重し合える関係を結べるようになるにつれて、そういう渇望と不安は少しずつ薄れてきた。それでもですが、自分を奇形の「変な」ペニスの少年にみたいに見てしまうことはちょくちょくある。そういう思いを「正しい形にする」ことはできてないみたいだ。

 

僕の養育親は僕の体の状態を「奇形」と捉えて、医者なら直せて「普通」になって子どもも持てるようになるって、間違った思い込んでた。(もちろんナンセンスな話だ。手術の有無に関係なく、尿道下裂を持つ男性の多くが子どもを持っている)。僕の養育親の世代は、ペニスについてのこういう話をしないし、なんだかもっと差しさわりのないところでしか、話ができなかったんだ。僕たち家族は尿道下裂について安心して話し合ったことは一度もなく、僕がどういう思いでいるかなんて一度も聞かれたことはなかった。僕が成長してむしろ言われたのは、僕が養子に出されたのは尿道下裂のことが原因で、まだ隠すことができるような障害なんだから幸運だったと思うべきだということで、さすがにこれには傷ついた。ただ完全じゃないというだけで理解できる人もいるって思えるんじゃなくて、何かこれは隠さなくちゃいけないタブーなものなんだって思ってしまうようになったんだから。こういうタブーは自分を責める思いを強くし、ネガティブなことばかり考えるようにするばかりだった。ペニスっていうのは男性性では決定的な対象で、そこに何か問題があるとなると、男性は大人でも子どもでも、折り合いをつけていくのが難しくなるんだ。

 

僕のペニスは勃起した時には13センチくらいで、ペニスの先は平らになっている。尿道策はまだ少しある状態。ペニスの周りの包皮は普通よりもかなり固いらしい(パートナーに確認した)。尿道口は小さくて狭い。亀頭と突起部にはわずかな傷跡がある。立って小便することはできる(寒い時期は問題あるときもあるけど)。インターコースもうまくいくし、射精も普通だ。精子の検査も行った(精子の数も全く普通!)。まだ子どもを作ろうとしたことはないけど、精子の検査に行ったことはよかったと思ってる。安心できたから。

 

僕の話を全部聞いたセックスのパートナーは、5回手術したってことを考えても全然普通に見えるって言ってくれた。気が付くところがあるとしたら、ペニスの皮が硬いってとこくらいだと。何も言わなかったら気が付かなかったって。まあ、こっちとしてはちょっと疑わしく思ったりもするけど。

 

全然大丈夫だって言ってくれたとしても、自分のペニスの見た目を不安に思う時が今でも時々あるんだ。なんだか疑わしく思ってしまって。他の男性の標準にかなってるかどうかってところは越えられたけど、僕にとっては具体的なことよりも、不安のほうがよっぽど大きな問題なんだ。尿道下裂のこと、大丈夫と思える時もあれば、今でもやっぱりそうじゃない時もある。不安を鎮めるのに一番良かったのは、他の人にこのことを話せたことだった。恥辱のようなものは消え、ちょっとした自然の事故だとくらいに思えるようになったから。僕のせいなんじゃない。そんな大きな秘密である必要はないんだって。もちろん社交儀礼的には、こういう話をするときには常識の感覚が必要だけど、親しい友達(男性も女性も)には、向こうが理解しやすい一般的な言葉で話せるくらいのところまではたどり着いた。

 

10代の時は体重のことで悩んで、20歳前後では酒浸りになった。全部尿道下裂のせいにするわけじゃないけど、焚き付ける燃料になったというのはあると思う。もうここ6年間はお酒は飲んでいない。こういうことを話すのは、これも重要な話だと思うからだ。と言うのは、もし僕がアルコール依存の問題に向き合おうとしなかったら、この尿道下裂の問題にも向き合うのに必要な行動の変化を起こせなかっただろうから(遅すぎたことは認める)。僕の話を読んでくれている尿道下裂を持った男性は(それか、そういう男性を知ってる人)は、共通点があるかどうか考えてるんじゃないかな。もしそうなら、それは大事なことだ。こういう体を持ってる人っていうのは、自分は一人じゃない、他にも同じような思いや経験をしてる人がいるんだって分かるから。

 

「手術は受けるべきだ」とは僕は言わない。これだけは、それぞれが自分で決めなきゃいけないことだから。手術することにしたんなら、その外科医の信頼度を必ずチェックすること。疑問はためらわずに何でも聞いて、資料も入手すること。アメリカだったら、そういうホームページで、医師の信頼度がチェックできる。こういう体の状態が原因の心の問題について、専門のカウンセラーに支援を求めることも恥ずかしがっちゃいけない。

45歳(イギリス在住)

私の尿道下裂は私の人生の形を決めてしまった。10代の時も大人になっても、長年私は、男性のペニスの形やサイズにこだわり続けてきた。これはやはり、自分と「普通の」男性との比べようとする思いから来たものだった。問題は、私と比べられるような男性を誰も見つけられなかったことだ。スイミングプールの更衣室でチラチラ見たりしてね。自分のは絶対見られないようにしながら注意して。しかし全く意味がなかった。ただ私の不全感と、自分は他の人と違うという思いを強めただけだった。

 

私は尿道下裂だけではなく、スモールペニスの状態で生まれた。つまり苦悩はふたつあったわけだ。ひとつはサイズの問題。多くの男性を苦しめる問題だ。もうひとつは形状の異常。こっちの方が私の場合はよほど深刻だった。包皮については本当に普通。先端を覆う形にはなっていない。しかし私のペニスは根元から先端にかけて約60度曲がっている。角度は体温や収縮・勃起具合によるが。勃起をするとだいたい真っ直ぐになるが、生まれの違いは何度も思い返される。学校のロッカールームで着替えるのが悪夢だったなんて、みんな思いもしないかもしれない。でも私にとっては、今でも恐怖をもって思い出すような過酷な苦しみだったんだ。

 

本気で女性と関係を結ぼうとするまで、かなりの時間がかかった。相手にジロジロ見られたり、男性として見てもらえないんじゃないかという不安がとても強くて、それまで立ち向かえなかったんだ。女性が男としての自分をどう思うのか?ペニスのせいで拒絶されるんじゃないかという大きな恐れを持っていたから。

 

だから大きなニュースなんだが、今私はひとりの女性との素晴らしい関係を結んでいる。彼女は僕の尿道下裂を受け止めてくれて、これっぽちも気にしない人なんだ。ここ6年以上彼女と付き合っていて、セックスも楽しんでいる。ただ、尿道下裂の影響がないわけじゃない。亀頭の下、ペニスの首の皮膚が薄いので、インターコースの時は弱くて維持ができないということが分かった。それにそういう時は、弯曲が大きくなり、尿道口が狭まってしまう。多分、ペイロニー病みたいなものだ。(訳者注:ペイロニー病:陰茎に硬結・弯曲が引き起こされる状態。陰茎が真っすぐ伸びず反り返る状態になる。陰茎形成性硬化症とも呼ばれる)。 これは手術でも無理だ。だからやはり人との違いを思い出すことになる。

 

私にとっては、尿道下裂の最大の影響は、私の自尊心を失わせ、親密な関係から私を遠ざけたことだ。と言っても今は、完全に大人として女性との関係を結べるようになったので、うれしく思ってる。こういう心の遍歴を旅しなくてはならなかったことで、自分自身や他の人をより深く理解できるようにもなった。

 

この問題に対する医学専門家の人たちの態度について少し書いておきたい。当時彼らはとても保守的で、私が自分で自分の体のことを本質的には分かっているという可能性を考えようとしなかった。実際私が13、14歳の時、3人の医師が、私のペニスは完璧に普通だと言ったが、明らかに違っていた!医師は誰も私の問題を真剣には取り合わなかった。大学病院で尿道再構築の世界的権威の医師と話をして、やっと「これは(尿道下裂の話)はそんな単純なことじゃないんだ」と伝えられた。

 

私のペニスのカーブと弯曲の問題はとてつもなく大きなことだったと、専門の医師がやっと理解してくれたことで、やっと私は自分の正当性と安心感を感じることができたんだ。私の問題が、胎児発達の段階から長く続くテストステロン不足によるものだということもやっと判明した。今はテストステロン補充療法を受けている。尿道下裂を持つ男の子や男性が、それにまつわる辛いことや、守られる必要が多いということを理解されることこそ、細心のケアや心配りというもののはずだ。しかし、そういうことを理解している人はまだまだ少ないのだろうと思っている。

 

正確な知識の普及と、違いを認め合える社会を!

現在欧米では、尿道下裂の状態で生まれた男の子・男性たちが辛い思いをしないよう、医療での支援体制や、サポートグループが整備されています。辛い思いも嫌な思いもみんなで共有して、活き活きと人生を生きていらっしゃいます。

尿道下裂を持つ男の子・男性とその家族のためのサポートグループ

尿道下裂を持つ男性たち

尿道下裂を持つ男の子たちとそのきょうだい・家族の皆さん

軽度尿道下裂で生まれたスティーヴンソン上院議員(イギリス)

軽度尿道下裂で生まれたスティーヴンソン上院議員(イギリス)

尿道下裂サポートグループ大会の様子

尿道下裂を持つ男性たち

尿道下裂を持つ男性たち

重度尿道下裂で生まれたウィリーさん

重度尿道下裂で生まれたウィリーさん

尿道下裂の状態で生まれた男性たち

尿道下裂を持つ男性と、支援者の医療人類学者アリス・ドレガーさん

(DSDs(体の性の様々な発達:性分化疾患)は、「男か女か曖昧な人」「両方合わせ持った人」「男でも女でもない性」「第三の性別」などを差す概念ではありません。また、体の性の発達状態は、性別同一性・性的指向とも関係はありません。尿道下裂の状態で生まれた男の子は全くの男性です。)

オランダの文部科学省に当たる教育文化科学省の解放政策局の要請により、政策研究機関である社会文化計画局が作成した、世界ではじめての国家機関による、DSDs(体の性の様々な発達:性分化疾患)を持つ人々の実態調査書を日本語に翻訳しました!

 

探索的調査としながらも、DSDsを持つ人々への綿密なインタビューや、世界中の患者団体、多くの調査研究からの情報などを総合し、誤解や偏見・無理解の多いDSDsについて、極めて客観的で当事者中心となった報告書になっています。

 

近年日本でも、教育現場や地方・国レベルで、性的マイノリティの人々の一つとしてDSDsが取り上げられるようになっていますが、DSDについての知識が不十分なまま進められている現状があります。

 

性教育などでDSDsについて触れたり、地方・国レベルでDSDを持つ人々と家族についての政策を進言したいとお考えの皆様には、とても参考になる資料です。是非ご参照下さい。

オランダ社会文化計画局報告書

 「インターセックスの状態/性分化疾患と共に生きる」

ネクスDSDジャパン DSD(性分化疾患)を持つ子どもと家族のための総合情報サイト

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日本性分化疾患患者家族会連絡会:ネクスDSDジャパンは、世界のDSDs患者家族会・サポートグループと連携し、主にDSDを持つお子さんとご家族のための医療ケア、子育ての疑問などについて、世界中のサポートグループからの情報を発信し,日本の性分化疾患各種患者家族会との連携をしています。

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