アリさんとパートナーがもうひとり息子がほしいと思い,妊娠をした時も特に何の問題も感じませんでした。上にはもう子どもがふたりいて,5年の間隔がありました。彼女も少し年齢をとっていましたが、妊娠に問題はありませんでした。ただ、35歳を目前にした彼女は、医師から新型出生前検査(NIPT)を勧められました。一般的な20週目の検査よりも早く赤ちゃんの性別がわかるということで、二人は検査を受けることを楽しみにしました。まさかクラインフェルターの赤ちゃんが生まれるとは思っていなかったのです。
アリさんは、検査結果の電話を受けたとき自分がどこにいたか,今でもはっきりと覚えています。「ドラックストアの駐車場にいたときです。電話番号を見て、どこからの電話かすぐにわかりました…」。「声のトーンで、男の子か女の子かを知らせるための電話ではないことだけはわかりました」。医師が「今話をしてもいいですか?」と聞いたとき、アリさんは胸が痛くなり、「きっと良くない知らせだ」と思ったそうです。医師はまず赤ちゃんは男の子であることを告げ、クラインフェルター症候群(KS)がみつかったことを説明しはじめたのです。
遺伝カウンセラーとの面談
アリさんが聞いたのは、「染色体」という言葉と「その数が普通じゃない」ということだけでした。彼女は「頭が真っ白になって」、最悪の状況を想像し始めました。その日のうちに遺伝カウンセラーとの面談を勧められ、すぐにその予約を入れました。彼女は打ちのめされていました。夫に電話し、その知らせを伝えるのがとてもつらかったそうです。ご主人も動揺し、心が震えたそうです。ふたりは、ちゃんと答えが得られるように、一緒に面会に行くことにしました。
そのとき彼女は「これは人生で絶対に最悪の日に違いない」と思ったのを覚えています。「自分の赤ちゃんに何か問題があると言われるなんて......」と。思いもしなかった出生前診断の結果,そしてクラインフェルター症候群という言葉が彼女の世界を揺るがしたのです。
ふたりは47, XXYという言葉すら知りませんでしたが、遺伝カウンセラーからの説明で重要な情報を得ることができました。男性不妊の検査で判明するまで、自分がクラインフェルターであることを全く知らずに生きてきた男性が大多数だと知ることができたのです。医師からは「赤ちゃんはお兄さんに似ることになりますよ」と言われ、安心したそうです。
ふたりは最悪の事態を想像していたのですが、それはだんだん薄れていきました。遺伝カウンセラーとの話はふたりの気持ちを和らげるのに大きな役割を果たしてくれました。カウンセラーは、内分泌科医を受診するように勧めました。ですがそれは逆に混乱のもとになりました。医師は、出生前診断のクラインフェルター症候群は「大したことではない」かのように振る舞い、「8歳になったらまた診てあげてもいい」と言ったのです。アリさんは混乱しました。最初は深刻な話のように言われていたのに、あまりにあっけらかんとした態度で接してくるので、困惑してしまったのです。
自宅で調べる
混乱したアリさんは、ネットで検索をはじめました。ですが最初は、クラインフェルター症候群の診断に悩む男性の怖い話ばかりだったそうです。フェイスブックでグループを見つけましたが、そこでの体験談はあまり良いものではなく,そのグループは辞めようと思いました。他のサポートグループを探していたところ、あるお母さんが、特にクラインフェルター症候群の子どもの家族と出生前診断を受けた赤ちゃんの両親のための別のグループに誘ってくれました。
新しいグループに参加した彼女は、すくすく成長しているクラインフェルターの赤ちゃんたちを目の当たりにしました。そこでは、新生児が順調に成長するための治療法や医師について知ることもできました。そこでは安心して、クラインフェルターの出生前診断ついて話ができるようになりました。大晦日に家族と一緒にグループのフェイスブックをスクロールして、かわいい赤ちゃんたちの写真をたくさん見て、アリさんはその瞬間、「この子たちは大丈夫だ」と思ったと言います。
妊娠中の不安
ふたりは、診断を確認するために羊水穿刺検査を受けることにしましたが,検査ができるようになるのが26週目からなので、それをハラハラしながら待つことになりました。それまでの間,アリさんは落ち込んだり喜んだりする日々を送っていました。「正直言って、この妊娠を楽しめませんでした」と彼女は悲しそうに言いました。検査自体も恐ろしかったそうです。羊水穿刺検査には流産のリスクがあるので、経験はある人とはいってもいつも診てもらっているお医者さんではなかったので、さらに不安になったのでした。 ふたりは「一縷の望み」を抱きながら、「永遠に続くかのような」時間を過ごして結果を待ちました。その結果、彼らの息子は47,XXYでクラインフェルター症候群だと確認されたのです。二人はその診断を受け止め、生まれてくる赤ちゃんのための準備を始めました。
アリさんはクラインフェルター症候群を診てもらえる医師を調べ始めました。問題が起こるのを待つのではなく、積極的に早期介入してくれる人がいいと考えたのです。フェイスブックのグループに参加していた他のお母さんを通じて、デラウェア州にクリニックを持つ医師を見つけました。マテオくんが生後6週間のときに初めてそのクリニックに行き、それ以来、そこの医師と緊密に連絡を取り合っているそうです。彼女は、グループのお母さんたち、そして今のマテオくんの担当医をサポートグループとして信頼しています。羊水穿刺検査の不安を乗り越える支えもしてくれたのです。
お母さんたちに伝えたいこと
「同じ経験をした人を知らなかったので、誰かが手を差し伸べて『大丈夫だよ』と言ってくれたらよかったです…」。 アリさんは,「Googleで出てくる時代遅れの情報」は無視して、ちゃんとしたサポートグループなど「XXYを持つ男性の人生がどんなものか,よりよく知ることができる他の情報源」を探すように勧めていらっしゃいます。新米ママには、できるだけ早く医療従事者を含む支援者のネットワークを見つけてほしいと勧めました。確かにそれは簡単なことではないかもしれないですが、とても助けになるはずだからと。
医療従事者のみなさんに伝えたいこと
アリさんとご主人は、医療従事者の知識のなさにも苛立ちを感じていました。「誰も安心させてくれなかったんです。自分が小さい頃に通っていた小児科医に相談しても、前向きな答えは得られず、かえって関係が悪くなってしまいました」。 マテオくんが生まれたとき、アリさんの小児科医は出産した病院で診察する権利を持っていなかったので、同僚の医師がマテオを診察することになりました。ですが出産後、その医師はアリさんのところにやって来て「この子はクラインフェルター症候群には見えない。胴長でもないし『普通』に見える」と言ったのです。その医師の軽率な態度に、家族は落胆しました。「医者があんな馬鹿なことを言うなんて信じられなかったです」。アリさんは、もっと多くの医療関係者が、このような状況にどう対処するか、共感と知識を駆使してくれればと思いました。
(訳者注:現在日本でもほとんどのお医者さんがクラインフェルター症候群について「男でも女でもない」「必ず身体に特徴が出るはず」などの誤解が多く,正確な知識をお持ちではありません。必ず専門の医師への相談をおすすめします)
XXYとともに生きる
マテオくんはとてもいい子です。アリさんは、きょうだい3人のうちマテオくんが「一番ハッピーな子ども」だと言います。ハイハイも伝い歩きもできるようになり、一般的な幼児期を迎えました。
今は発達の遅れがありますが、アリさんは「どの子にも起こりうる遅れです」と言います。学校で言語療法を受けてから、大きく成長しているそうです。マテオくんが出生前診断でクラインフェルターだとわかったことで、早期介入に有利に働いたと感じています。いろいろな発達段階の達成ができるよう、生後2ヶ月頃には,子どもの発達専門の臨床心理士と面談していました。「それが大きな違いになったと信じています。そこでの知識は間違いなく力になりました」。
自分たちの旅を共有する
その後,おふたりはクラインフェルター症候群の旅をより多くの人と共有するようになりました。アリさんは、マテオくんの診断について話すとき「47,XXY、クラインフェルター症候群で検索してはいけません。この言葉を聞いたら、マテオのことを思い出してほしいんです」。
最近のマテオくんは、トラックと、兄や姉を困らせるのが大好きです。5歳のときにサッカーを始めたところです。入部は少し待ったのですが、今では「一番好き」とマテオくんは言っています。家族で海に行くのが大好きで、小学校の中にも外にも友だちがいます。
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