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第4章:専門用語の問題と,用語に対する当事者家族の思い




 この調査では,具体的な質問のひとつとして,用語の問題も質問した。インターセックスの体の状態/性分化疾患を持つフランドルの体験専門者および子どもたちの親御さんは,自分の体の状態について他者(医療従事者や両親,家族,友人)と話す時,どういった用語を好んで使うのか? 性分化疾患やインターセックスという用語についてはどう思っているのか? (どこまでを対象集団とするのかの問題があり,)多様性を確保し排除的にならない用語というのは難しく,科学や社会学の文脈の範囲では用語についてよく議論されている (NNID, 2013, OII-Europe & ILGA-Europe, 2015, Davis, 2015)。

 先に述べたように,利害団体や政治団体は主に「インターセックス」という用語を使っているが,これは,LGBTグループ内と同じく,何かの体の間違いであるような表現や医学的治療を示唆しないためである。


 一方,医療提供者は性分化疾患(Disorders of sex development)という用語のみを使っている。これは,こういう体の状態が,体の発達のバリエーション/ズレを示し,場合によっては医学的な治療が必要となるからである。


 医療提供者は,大多数の当事者家族が,LGBTグループと関連付けられることを望んでいないと分かっている(Callens, Longman and Motmans, 2016, Cools et al., 2016)。


 

成人当事者


 圧倒的多数の人々が,自分自身の体の状態について「インターセックス」という用語を聞いたこともなく,かつ,そういう用語に否定的だった。彼ら彼女らによれば,そういう用語は「まるで2つの性別の間みたいな意味」,あるいは「hermaphrodite(半陰陽・両性具有・男でも女でもない性別)」という用語も,単純に,「それは私のことじゃない」(MRKHを持つ女性:36歳)というものであった。

  トランスジェンダーの人々と関連づけられることにもセンシティブであった。生物学的背景が根本的に異なるからだ。


「(インターセックスという言い方について)私にはこの体の状態はあくまで医学的なもので,体の性の分化の話でしかありません。アイデンティティとは関係なくて,あくまで医学的なもの。それ(インターセックス)って,アウトサイダーみたいな意味になってしまって…。両性具有とかトランスセクシュアルみたいな」(CAISを持つ女性:44歳)。

  「インターセックス」をアイデンティティのように言うことについては,はっきりと否定的な人もいた。


「もしあなたが『インターセックス』って言葉で言ったら,私はすぐにこう思う。『そうね。そういうアイデンティティを言ってる人はいる』って。でもそういう『インターセックス』って私全体を言われてるみたいなものなんです。そういう言葉を使うことで,私に何かの役割や人物像を押し付けてしまってるんです。私からすれば,そういうのこそがインターセックスの障害になってると思います。”私はインターセックスです”とかというのは私が自分の中で感じてることじゃありません。それって,他人の人が考えてることなんです。生理が始まらなかったからだけど,それは私にとっては,体の性の発達の誤り(a sex development disorder)なんです。だから名付けるなら私にとってはそっちのほうがいいです。なにかがあって,体の性の発達が妨害されたり不通になった。でもインターセックスって言葉を使って訊いてくる人が本当に話したいことって,正確には『あなたは自分をどんなふうに感じてますか?』ってことですよね。『あなたはどういう身体障害(disorder)を持ってるんですか?』ってことではなくて…」(AISを持つ女性:25歳)


DSD(性分化疾患)という用語も聞いたことがないという人がほとんどで,DisorderとDifferences,どちらの意味でも意見が分かれた。用語がそれぞれ「他の人と違う(being different)」や「乱れ・邪魔(disturbed)」という意味が付加されるからだ。Disorderの方がいいという人の場合はたとえば,


「” Difference(違い・様々な)”という言い方についてですね。私は私の体を障害(disabled)だと思ってます。そういう状況だって。なんだかそういう言い方って,つらい話をわざと柔らかくされてるみたいで…」(MRKHを持つ既婚女性,36歳)


一方,


「『Disorder』って,私は怖い言葉だと思う。それって,『あなたは他の人と違う』とか言われてるみたいだから。そういう用語ってもっと悪いと思う。『あなたは病気だ』みたいだから」(CAHを持つ女性:40歳)

 (インターセックスと同じ意味合いで)DSD(性分化疾患)も問題があるという人もいた。すぐに体の性の話,セクシュアリティや性別(gender)をすぐさま連想させるからだ。


「たとえば,副腎皮質の過形成っていう名前の方がずっと国際的だし,何人かには外性器の発達の問題があるってことも,もうわかってる用語だと思います。まだ考えるべきことはあるとは思いますが。でもこの言葉(性分化疾患やインターセックス)って,性別の問題がある人って感じで。そういうのは私の問題ではないんです。私の用語についての思いとしては,もっと説明不要になるような言葉がないか?ってことでしかないんです」(CAHを持つ女性:33歳)


  大多数の体験専門者たちは,それぞれの体の状態に応じた特定の名前(AISやMRKHなど)を,専門の医療従事者と使っていて(逆の場合も),パートナーや家族,友達関係では,そういう用語ではなく,自分の体の状態の身体的側面を説明している。


「どんな用語を使うか,ですね。MRKHやロキタンスキーってあまり言わないです。それだけでは何か分からないですから。なので『膣や子宮がない状態で生まれた』(『ない状態』の代わりに『未発達で』ということも)って話してます。名前を付けるよりそっちの方が重要なので。診断名はお医者さんの仕事ですから」(MRKHを持つ女性:35歳)


 診断名は(たとえばもっと情報がほしい時だけでなくピアサポートを求める時も)重要となるが,診断や生物学的な男性/女性という枠組みについての医師とのコミュニケーションが,非常にセンシティブな問題になる人もいる。そういう用語や説明は自己受容や自己尊厳に影響しうるからだ。診断を説明するのに医師が使う用語やフレーズには,長期的に肯定的とは言えない影響を与えることになる。


「あなたは実は男の子の生まれそこないなんです,って言われて。もうずっと,とてもつらく思ってます」(CAISを持つ女性:34歳)


 用語に付加される意味合いを,医師にはちゃんと認識してほしいと思っている人々もいた。典型的な男性/女性の生物学的身体の規範とはどこか異なると直接に意味してない用語でもだ。


「はい。そっちはあまり含みもなくて,私はそっちの方がいいです。私のつらい思いは本当,医学のせいだから。正確に言うなら,お医者さんのせいでもっとつらくなった。私は自分をとても特殊な人だと思ってしまったんです。否定的な意味で。そう,フリークス(怪人・変人)みたいに思えたんです。『OK。あなたは固定観念とは少し違う体なんです。でも別にそれは問題があったりするものじゃない』って言われたほうが,ずっと安心できたと思います。『OK。あなたの体には本当に間違いがあるんです』って言われるよりもずっと」(AISを持つ女性:25歳)。


 いくつか代わりになるような用語(たとえば生殖器官発達障害(disorders of reproductive development )や「イントラセックス(intrasex)」(体の性の中身)「『イントラ』の方が論理的だと思います。体の中の話ですから。『インター』では『男女の間』ってことになるでしょ」(MRKHを持つ女性:24歳))も示唆されたが,インターセックスの体の状態/性分化疾患を持つ人々の集団全体でどれほどの人が受け入れられるものなのか明らかではない。


 対象集団をどこまでにするのか正確に設定することは,更に難しい問題に当たることになる。なぜなら,もともとその対象集団にはひとつの集団としてのアイデンティティや感覚がほとんどあるいは全く無いからだ。専門用語や説明の仕方の問題は,究極的には,ケアの利用のしやすさとは関係しないものなのかもしれない。


「ええ,分かります。それって,毎回すべての例をリストアップするのは面倒だから,全体を指す言葉が欲しいってだけですよね。その意味では,お医者さんが包括分類として必要っていうのは分かります。でも本当それだけの話。それって個人的な話でしかないと思います。自分の体の状態が見つかるか見つからないかってことは,最終的には,そこでケアが受けられるかどうかってこと。なので,私にはそういう包括用語で何かに目覚めるなんてことはないです」(CAISを持つ女性:34歳)。

 

「包括用語ですか?なにか一つにまとまって何かを目指したり何かをしたりしなきゃいけないマイノリティには,そういうのも必要かもしれません。でも私にはNO。診断を受ける一番の理由は,私にとっては,自分のアイデンティティを取り戻して,それが私にどういう意味があるか,私が実際何者なのか,それが私の人生にどう影響するのかってことや,同じ疾患を持つ人と話をするために会えるかどうかってことなんです」(CAISを持つ女性:25歳)

 

 ピア同士で出会えることや自分のアイデンティティのためという人々以外に,LGBTグループの人々と共通した利益やポイントもあるだろうと,LGBTグループとインターセックスの体の状態/性分化疾患のグループ両方とのコンタクトを考えたという人もいた。手術の結果や子どもが持てないこと,精神的なwell-beingといった共通点だ。しかしそういう人々は同時に,こういうポイントを目的としたコンタクトは,必ずしもLGBTの人々だけに限られるわけではないことを強調した。

「私にとっては,それは別の問題です。トランスジェンダーの人以上にLGBとも違うことだとさえ思ってます。LGBTは,性的指向の話や,白黒だけじゃなくてグレーもあるとか,みんなそういうことを自分で決めなきゃいけないとか,でもそれは体とは身体的に関係ないってことですよね。トランスジェンダーの人は2つの面,体と心が別々ってこと。それでみんなが思ってるようなことから抜け出したいってことですよね。それはそれでひとつ大きなことでひとつの問題だと思います。でも私たちのことは,私のケースの場合は,そういう話じゃない。私は女性。それで全て。私はそうだし,私が同性愛かストレートかバイかってそんなことは,私が染色体上女性である事実や私が女性だと感じていることを変えることはない。でも体の一部が無くて,それで子どもを持つのが難しくなってるんです」(MRKHを持つ女性:36歳)。


調査協力者は,LGBTの包括用語の下で性的マイノリティとして位置づけられることには反対をしていると思われ,完全な男性/女性として自身を受け止め尊重する困難については,共同参画の文脈でさらなる調査が必要である。特に,男らしさ/女らしさや性行動についての社会的典型性観念に対して自分は不十分であるという感覚が,自尊心を損なっている(「らしさ」が自尊心を損なっている)ようだ。


「私たちは自分を完全な女性だと思いたいんです。でも,体の性のつくり(膣がないといけない)や子供を授かることが重要なんだと社会から聞くと,そう思えなくなる」(MRKHを持つ女性:35歳)


 本調査研究の結果は、最近のオーストラリアの研究(Jones, 2016)の結果と非常に強く対照的であり、そこでは、当事者運動団体を通じて募集した272人の参加者の60%が、用語に基づく「インターセックス」(intersex、intersex condition or variation)を選択し、性分化疾患という用語が好まれたのはわずか10%であった。一方、本調査研究の結果は、オランダの研究(van Lisdonk, 2014)や、ヨーロッパ6カ国(オランダ、イギリス、フランス、ドイツ、スウェーデン、ポーランド)で実施された、まだ未発表の研究(DSDLife)など、他のヨーロッパの研究と一致している。DSDLifeの調査研究では、1,040人の参加者が病院や当事者親睦団体を通じて募集され、その中で43%の参加者が、自身の状態を表す「インターセックス」という言葉に強く否定的であった(Bennecke et al, 2017, in press)。これに対し、DSD(それぞれDisorders and Differencesと表現)という用語については、参加者全体の3分の1から4分の1が否定的な意見を持っていた。36人の経験的専門家と何人かの親を対象とした別のアメリカの質的研究において、Davis(2015)は、インターセックスという用語を好む人々が、社会的アイデンティティを表現する(「私はインターセックスです」)ためにもこの用語を使用しているとしている。これは二元的な性別の話に異議を唱え、ジェンダーを社会的構築と見なしている。インターセックスという用語はまた、LGBT運動と親和性がある。その一方で、この用語を使う人は医学的な専門用語を使って自分のことを表現することを拒否するため、医療従事者との関係が険悪になることもある。また、家族もアイデンティティの側面を受け入れることを拒否するため、家族との関係が曖昧になることもある。一方、DSDの専門用語を受け入れる体験専門者もいる。DSDの専門用語は、ある意味で(科学的な)言語と身体のプロセスを理解する方法を提供してくれるからである。DSDという用語を使うことは、医療従事者との関係にもメリットをもたらす(ただし、Davis,2015によれば、すべての人が適切な医療との接触や検索を快適に感じるという意味ではない)。この最後のグループは、むしろインターセックス運動には関与せず、「インターセックス」というアイデンティティを構築することにも関心を示さない(「私はそういう体の状態を持っているが、私はインターセックスというものではない」)。印象的なのは、インターセックスというアイデンティティを受け入れる人々と比較して、彼ら彼女らは「ジェンダー化された」自己についてより多くの疑問を持っていることである(「私は正当な男か女か? 私は完全か/十分か?」)。これが身体と自信の減少につながる可能性があるとしている(Davis,2015)。


 

親御さん


 親御さんの圧倒的大多数が,性分化疾患やインターセックスといった包括用語は一度も聞いたことがなく,また,自分の子どもに対してそういう用語を使いたくないとした。一般的に親御さんは,障害名や身体的側面の描述を好んで使っている(たとえば,尿道下裂やXY染色体,副腎皮質など)。

  親御さんの圧倒的大多数は,包括的な用語を必要としておらず,むしろそういうものは,子どもが「普通」なのに,セクシュアリティや性別同一性などの誤解を与えるものと感じている。ここでも気持ちを聞き出すのは難しかった。

「私はCAHの方がいいです。セクシュアリティのようなものを直接感じさせませんから。もし他の人とそういう言葉(インターセックス等)で話したら,セクシュアリティの話なんだって他の人は反射的に思っちゃいますよね。分かりませんが,そういうネガティブな意味合いになってしまうと思います。CAHという用語は,もっと現実的に副腎皮質のことなんだって分かるし,膣の問題も,もっと簡単に話すことができます。やはり性器の話は他の人としたいものではないですから」(CAHを持つ10代の女の子の母親)。

「そういう包括用語って,何かが共通してるからって1つの大きな分母だけ取り出して全部にしてしまうような,そういう厄介さを感じてます。特に娘の場合は。希望,好みを言えばですが。そういう用語だと,みんな反射的に『それって普通じゃないってこと?』って考えになりますよね。それはつらいです。そうなると娘は必要以上に苦しめられることになる。娘には,『そういう症候群を持ってるのね。そうなんだ』『そういう体の状態って100種類くらいあるんだ。そのひとつなのね』って言ってもらうほうがいいです」(スワイヤー症候群を持つ10代の女の子の母親)。


親御さんもまた一般的に,「インターセックス」という用語には非常にネガティブな印象を持っている。やはりここでも,この用語がトランスジェンダーだけでなく性的指向を連想させるからだ。


「膣がふさがっているから,ペニスが屈曲しているからインターセックスの状態だ,ではないですよね。関係のない話だと思います。男性か女性か?って,性器が変形してるからってところで。そういうことで,両性愛と関係があるみたいな話になる。そういう言葉って私には両性愛を想像させます。そういう用語だと,『私は男性なの?女性なの?それ以外なの?トランスジェンダーなの?』ということになりますよね。あなたはそういうことにしたいのかもしれない。でも私の子どもの先天的な異常はそういうこととは関係ないんです。申し訳ないですが…」(高度尿道下裂を持つ10代の男の子の母親)。

  インターセックスという用語は,男性/女性のグループからの排除を意味していると感じている人もいた。


「『インターセックス』ですか…。それってつまり『あなたは男じゃない,あなたは女じゃない』ということですよね。でも実際のこういう人たち自身というのは男性か女性。でも,そういう言葉を使ってる人は,それで何かの問題を解決しようとしていると。『そう,男性と女性の間には,完全に正しく発達しなかったような体があって,そういう人たちを救えるんです』ってことですよね。それが皆さんのしたいことなんですか?もしそういう第三の性のグループを創造したら,そういう人のための新しい性別欄を作るんですか?」(スワイヤー症候群を持つ10代の女の子の母親)。

 differenceでもdisorderでも,DSDという用語の方がいいとした親御さんもいた。略語で曖昧にできるからということや,生物学的な体の発達というレベルで起きることだと分かる用語だからだ。「『性器の発達に障害があったんです』と言った方が,みんな理解しやすいですよね」(MRKHを持つ女性の母親)。また,この用語は医学的すぎると感じる人(ただしこの障害の定義における医学‐生物学的要素については承認している),一般の人には分かりにくい用語(オランダ語ではないということもあるため)だと感じる人,あるいは,(トランス)ジェンダー(性別)やセクシュアリティの話と混乱させすぎと感じる人,この用語はこの障害の一側面ばかりを強調していて一部のことしか意味していないと感じる人もいた。


 親御さんの中にも,専門用語の問題に関して,(LGBTや,性分化疾患/インターセックスなどの)包括用語を使う団体とは距離を置きたいとはっきりと言う人がいた。そういう運動は,多様性と寛容さを推進するというよりも,むしろ差別を引き起こしうるからだ。(このような親御さんの懸念については,Davis(2015)でも触れられている)。

「私たちの場合はまったくそんな必要はありません。もちろん娘がそういうことを必要とするかは分かりません。ですが,何か特定のお仕着せとか,包括用語とか,包括カテゴリーとか,どんなものでもですが,確かに娘は他の人にはないものを持っていてかなり特別ではありますけど,全部を全部ひとつの壺に押し入れないでもらいたいんです。そういうことこそが差別だと私は思ってます」(スワイヤー症候群を持つ女の子の父親)。


 成人の体験経験者だけでなく親御さんもだが,そういう言葉で「なにかに目覚める」(卵精巣性DSDを持つ10代の子どもの母親)ということはなく,そんなことより医療の改善や支援ネットワークといった側面の方にもっと目を向けてほしいと強調する人もいた。


 

「私にはそんな運動は意味がないんです。そういう運動は他でやってること...。私にとって重要なのは,この子が幸せになって人生を全うできるかということなんです。男性としてとか女性としてとかインターセックスとしてとか,そんな運動にはかまってられません。そういう話ではないですし,そういうことに使うエネルギーはないんです」(高度尿道下裂の男の子の母親)

 



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