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僕には染色体が47本あります! ― タイラーさんの物語(クラインフェルター症候群)

  • 執筆者の写真: nexdsdJAPAN
    nexdsdJAPAN
  • 6月8日
  • 読了時間: 5分





 タイラー・インダーミルさんがクラインフェルター症候群(XXY)と診断されたのは、33歳のときでした。診断は思いがけず、不妊治療の検査を通じて判明しました。しかし彼は、それを自分を否定する材料ではなく、内面の目覚めと捉えることにしました。


「もし過去に戻って余分なX染色体を手放せたとしても、僕はそうしません。そうしたら、今の自分じゃなくなってしまうから。僕は今の自分が大好きなんです」。


 現在、タイラーさんは妻のタシアさんと娘のエイブリーちゃんと共にカリフォルニア州で暮らしています。家族で旅行したり、ダンスをしたり、XXYとともに生きるということについて率直に話したりしながら、人生を前向きに楽しんでいます。




成長期:「僕という存在」




 タイラーさんは三人兄弟の末っ子です。学校生活は常に困難でした。兄たちは学業で優れていましたが、タイラーさんは特に読解力や数学で苦労していました。


「長男は卒業生総代で、次男もよくできていました。そして僕はというと…」。


 そんな中でも、努力を重ねて少しずつ成績を伸ばしました。転機となったのは、小学6年生の時に先生が補習授業を勧めてくれたことです。


「その授業は本当に大きな違いを生みました。初めて、他のみんなに追いつけたと感じられたんです」。


 また、友達を作るのも得意ではなく、社交的なやりとりは自然にはできませんでした。でも、一つだけ得意なことがありました。それは音楽です。トロンボーンを耳で覚えて演奏し、バンドの授業ではすぐに一番手に抜擢されました。


※クラインフェルター症候群と学習障害の関係については、さらに調べてみてください。



静かな自分から自信のある自分へ:トースト・マスターズとダンス




大学時代が転機となりました。心理学を専攻し、自己肯定感を高めていきました。トースト・マスターズ・インターナショナルという、スピーチやリーダーシップを学べる団体に参加しました。


「トースト・マスターズは僕を殻から出してくれました。人と話すことに自信が持てるようになりました」。


 その自信が後押しとなり、さらに外の世界に出てみることに。地元の水曜ダンスグループに参加し、そこで未来の妻と出会いました。


「一緒に踊って、それが全てでした。もしその時にチャレンジしなかったら、タシアには出会えなかったと思います」。


 今では、特にウェストコースト・スウィングが大好きです。






クラインフェルター症候群との出会い



 結婚後、ふたりは家族を持とうと努力しましたが、1年経っても妊娠には至らず、不妊治療の専門医に相談しました。最初の検査では精子がゼロという結果が出て、再検査でも同様でした。明確な理由は分からず、最終的に染色体検査を行ったところ、思いもよらない結果が出ました。――タイラーさんはクラインフェルター症候群(47,XXY)だったのです。


「自分の人生の目的は“父親になること”だと思っていました。その目的が奪われたように感じました」。


 医師からは、精巣から直接精子を採取するマイクロTESEという手術を提案されました。でも、30回以上の試みにもかかわらず、精子は見つかりませんでした。



IVF、精子提供者、そして父親になること




 落胆はありましたが、希望もありました。二人は精子提供者を検討し、プロフィールを一緒に見ていきました。


「声、子どもの頃の写真、学歴…すべてをチェックしました。不思議な気持ちでしたが、同時に力を得られる経験でもありました」。


 まずIUI(人工授精)を試しましたがうまくいかず、次にIVF(体外受精)に挑戦しました。その結果、3つの健康な胚ができました。夫婦は女の子の胚を選び、それが娘のエイブリーちゃんとなって生まれてきました。





テストステロン治療の開始


 マイクロTESE後、タイラーさんのテストステロン値は大きく低下し、疲労感、思考の鈍化、性欲減退といった症状が現れました。最初はテストステロン補充療法(TRT)を始めることに不安を感じていましたが、最終的に試すことにしました。


「自分が変わってしまうのではと不安でした。でも実際は、より“自分らしさ”を感じられるようになったんです」。


 最初は200mgを隔週で注射していましたが、感情の起伏を避けるため、週1回の投与に変更しました。その結果、頭はスッキリし、エネルギーが増し、感情も安定するようになりました。



XXYを受け止め、発信すること




 タイラーさんは、自分の診断を隠しませんでした。まずは親しい友人や家族に伝え、やがて見知らぬ人にも話すようになりました。さらには、自分の余分なX染色体をモチーフにしたタトゥーもデザインしてもらいました。


「タトゥーについて聞かれると嬉しくなります。“僕は染色体が47本あるんです。普通の人は46本ですよ”って答えています」。


 「Living With XXY」というコミュニティを通じて、タイラーさんは支え合える仲間に出会いました。自身の体験を「Living With XXY ポッドキャスト」で共有し、同じような道を歩む人々を励ましたいと考えています。


「XXYの診断はつらかったけど、同時に成長のきっかけにもなりました。前に進むことで、心も癒やされていきました」。



タイラーさんからのメッセージ


 クラインフェルター症候群と診断されたばかりの方、あるいはまだ答えを探している男性のみなさんに、タイラーさんは「あなたは一人じゃない」と伝えたいそうです。


「自分の“仲間”を見つけてください。人と話して、質問して、心を開いてください」。


 まずは「Living With XXY」のFacebookコミュニティに参加したり、体験談を読んだり、大人で診断を受けた方へのリソースを探すことから始めてみてはいかがでしょうか。



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海外国家機関DSDs調査報告書

ベルギー国家機関性分化疾患/インターセックス調査報告書
オランダ社会文化計画局「インターセックスの状態・性分化疾患と共に生きる」表紙

 近年、教育現場や地方・国レベルで、LGBTQ等性的マイノリティの人々についての啓発が行われるようになっています。その中で,DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)が取り上げられるようになっていますが、昔の「男でも女でもない」という偏見誤解DSDについての知識が不十分なまま進められている現状があります。

 そんな中,人権施策や性教育先進国のオランダとベルギーの国家機関が,DSDsを持つ人々とご家族の皆さんの実態調査を行い報告書を出版しました。

 どちらもDSDsを持つ人々への綿密なインタビューや、世界中の患者団体、多くの調査研究からの情報などを総合し、誤解や偏見・無理解の多いDSDsについて、極めて客観的で当事者中心となった報告書になっています。世界でもこのような調査を行った国はこの2カ国だけで,どちらの報告とも,DSDsを持つ人々に対する「男でも女でもない」というイメージこそが偏見であることを指摘しています。

 ネクスDSDジャパンでは,この両報告書の日本語翻訳を行いました。

DSDs総合論考

 大変残念ながら,大学の先生方でもDSDsに対する「男でも女でもない」「グラデーション」などの誤解や偏見が大きい状況です。

 

 ですが,とてもありがたいことに,ジェンダー法学会の先生方にお声がけをいただき,『ジェンダー法研究7号』にDSDsについての論考を寄稿させていただきました(ヨヘイル著「DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患/インターセックス) 排除と見世物小屋の分裂」)。

 今回,信山社様と編集委員の先生方のご許可をいただき,この拙論をブログにアップさせていただきました。

 DSDsの医学的知見は大きく進展し,当事者の人々の実態も明らかになってきています。ぜひ大学の先生方も,DSDsと当事者の人々に対する知見のアップデートをお願いいたします。

 

 (当事者・家族の皆さんにはつらい記述があります)。

ジェンダー法研究:性分化疾患/インターセックス総合論考
ジェンダー法研究:性分化疾患/インターセックス総合論考
性分化疾患YouTubeサイト(インターセックス)
ネクスDSDジャパン:日本性分化疾患患者家族会連絡会
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