ダンさんとレイシーさんはクラインフェルター症候群の男の子の両親です。夫妻は赤ちゃんの性別を知るために、新型出生前検査(NIPT)を受けることにしました。男の子が生まれることがわかり、ふたりともわくわくしましたが、その子がX染色体を1つ多く持っている可能性が高いことを聞かされて、驚きました。
診断結果
ダンさんとレイシーさん(プライバシー保護のため名前は伏せてあります)は、お子さん2人とともにアメリカ南部に住んでいます。新型コロナパンデミックの影響でアメリカがロックダウンに入った頃、レイシーさんは二人目の子どもの妊娠6週目くらいでした。レイシーさんは赤ちゃんが生まれる前に、性別を知って名前を決めたり、子ども部屋の計画を立てたりしたいと思い、NIPTを受けることにしました。そして検査の1週間後、レイシーさんの電話が鳴りました。
電話をかけてきたのは産科医でした。その話によると、赤ちゃんはいたって健康で、ダウン症などはないものの、「性別に関する異常」が検査で判明したということでした。医師はレイシーさんに「男の子を妊娠していますが、その子にクラインフェルター症候群(KS)の徴候があります」と伝えました。そして検査の陽性的中率について説明し、赤ちゃんが47,XXYで生まれる確率は89%だと告げたのです。
驚きの知らせ
レイシーさんとダンさんにとって、この電話はいろいろな意味で衝撃的でした。ふたりがNIPTを受けることに同意したのは、赤ちゃんの性別を確認するためだけだったのです。何かの症候群や疾患があるかどうかは知りたくないと、ふたりとも明言していました。ダンさんは、望まないとはっきり伝えておいた情報を聞かされて、とても驚きました。怒りを感じ、否定的な感情を抱きました。1人目の子は健康に何の問題もなかったので、次に生まれてくる赤ちゃんに何か問題があるなんて考えられなかったのです。
ふたりとも電話がかかってくるまでは、クラインフェルター症候群のことを聞いたこともありませんでした。生まれてくる子にそういうことがあることも知らなかったのです。主治医の紹介で、遺伝カウンセラーに相談することになりました。レイシーさんは、この知らせを聞いたとき、胸が締め付けられる思いがしたといいます。すぐに息子が将来どんな生活を送るのかが心配になりました。グーグルで検索してみましたが、それは「やってはいけないこと」でした。
診断について詳しく知る
知らせを受けたことで、ダンさんの気持ちはともすれば揺れ動き、妊娠が「台無し」になったかのように感じました。生まれてくる息子の健康状態を心配しながら時間を過ごすことなど望んでいなかったからです。予想もしなかった診断名が頭を離れなくなり、ふたりとも不安に感じました。息子が幸せになれないのではないか、将来成功できないのではないか、結婚できないのではないか、人生を楽しめないのではないか、と心配したのです。
息子を授かったときの喜びが診断によって奪われてしまったように感じ、ふたりはさらに時間をかけて、この症候群のことを調べました。ネットではひどい情報も目にしましたが、あるとき、ライアン・ブリガンテのYouTube動画を見つけました。ライアンが健康で幸せそうに、生き生きとしている姿を見て、ふたりは勇気づけられました。それはまさに、生まれてくる息子の将来に期待するものでした。レイシーは、「うん、この子はきっと大丈夫。幸せな人生を送ることができる」と思いました。
その2週間後、遺伝カウンセラーとの面談では、診断に対する恐怖や不安が解消されました。カウンセラーは、X・Y染色体のバリエーションについて知っていることを話し、コロラド小児病院で行われている「eXtraordinarY Babies」(訳者注:欧米ではX・Y染色体バリエーションの子どもたちを「eXtraordinarY:類まれな」と呼ぶことが多い)という研究につなげてくれました。診断について理解できなかった部分がわかるようになりました。カウンセラーと話したあと、レイシーさんは、診断のことを心の片隅に置きながらも、妊娠生活を楽しむことに集中できるようになりました。
忘れてしまえたわけではないにしても、そのことが毎日重くのしかかることはなくなりました。ふたりは羊水検査を断り、診断の確認は出産まで待つことにします。それまでの間、再び妊娠の喜びを感じることにしたのです。ふたりで息子の名前を決め、素晴らしいベビーシャワーを行い、子ども部屋を飾りました。レイシーはクラインフェルター症候群のサポートグループ「Living With XXY」の役員であるマーシー・テイタムに連絡を取り、くすぶり続ける不安を解消していきました。
誕生
テイラーくんは2020年11月に生まれました。レイシーさんとダンさんは、お子さん2人の誕生を「人生最高の瞬間」と表現しています。ふたりとも大喜びで、男の子を家族に迎え入れました。ただ、新しい息子のことがだんだんわかってくるにつれ、ダンさんはとても注意深くなりました。テイラーくんの症状を観察しては、何がクラインフェルター症候群に関係しているのか、いないのかを絶えず気にしていたのです。
幸いにも、妊娠中に得た縁で、テイラーくんが生後2週間のときに「eXtraordinarY Babies」の研究に登録することができました。研究の担当者やクリニックの医療従事者たちとのやりとりで不安が解消され、遠隔診療も受けられるようになりました。
XXYと共に生きる
現在、テイラーくんは健康で、幸せで、元気な9ヶ月の赤ちゃんです。レイシーさんは彼の生活を「素晴らしい」と表現されます。穏やかで、愉快な子で、よく眠るのだと言います。テイラーくんの驚くほどきれいな髪の毛をスタイリングして楽しんでいます。レイシーさんは、クラインフェルター症候群がスペクトラム障害であることを理解しています。スペクトラム障害とは、人によって症状の出方にさまざまな違いがある障害を意味します。それでもレイシーさんは、もし9ヶ月か10ヶ月前に戻れるなら、自分たち家族の日常はこの診断に振り回されたりはしないから、と当時の自分に言ってあげたいと感じています。
ダンさんもレイシーさんも、テイラーくんの診断を聞いた当初は恐怖や不安を感じましたが、そこから親としての長い道のりを歩んできました。最初に診断されたときのショックや不信感、そして息子が普通の生活を送れないのではないかという心配を、時の経過とともに乗り越えてきたのです。とくにダンさんは、親として期待していたことが満たされないかもしれないと気づいたとき、考え方が変わるのを経験しました。自分は最悪のシナリオを最初に考える人間なのだと告白した通り、ダンさんは、テイラーくんが運動できないのではないかと心配していました。
テイラーくんをサポートする
ダンさんもレイシーさんも大学ではスポーツ活動に参加し、高校生のコーチを務めたりしていましたから、スポーツはこの家族にとって不可欠な要素です。ですが、ダンさんは信仰を通してテイラーくんの将来を深く理解し、こんな風に言うようになりました。「神様はテイラーに魂を授けてくださった。それだけで彼は、かけがえのない子どもなのです」。いつの日かテイラーくんが何になろうと、何をしようと、両親は彼を励ましながら寄り添っていくことでしょう。両親はテイラーくんという人間を応援したいのであって、型にはめたり既成概念を押し付けたりすることは望みません。ふたりはテイラーくんの性格や価値観、人となり、そして神様とのつながりを重視したいと考えています。
今のところ、ダンさんとレイシーさんは、テイラーくんの診断結果を友人や他の家族に伝えていません。レイシーさんは10代の頃、自分の医学的な状態を勝手に口外された経験があったので、いつ誰に伝えるかは、テイラーくん自身が決めることだと考えています。親しい友人や家族には、自分たちが経験したことを話したい気持ちもありますが、今のところ診断結果を知らせてはいません。診断を恥じているわけでも、隠そうとしているわけでもありませんが、自分のプライバシーを守るための選択肢をテイラーに与えてあげたいのです。
テイラーくんの診断を知るまでのシナリオがどうだったらもっと良かったと思いますか、と尋ねると、レイシーさんはいくつか案を示してくれました。まず、診断結果を聞かされる前に、知っておくべき情報を医師が準備して、直接教えてくれるべきでした。あらかじめ情報を持っていれば、悲しみや心配を防ぐことができたでしょう。そしてレイシーは、診断名をグーグルで検索してはいけないということを知っていれば良かったと言います。医師なら、同じ情報でも違う言い方ができたでしょうからとダンさんが付け加えました。
コミュニティの発見
レイシーさんは、XXYコミュニティに偶然出会えたことに感謝しています。そこではXXYの友人を作ることができました。「Living With XXY」のコミュニティを通じて、近所にいるクラインフェルター症候群のお子さんの母親と連絡を取り、一緒に遊ぶことができたのです。
夫妻は診断結果を周りに伝えてはいませんが、レイシーさんは、自分たちの物語を共有することで、コミュニティに貢献したいと考えました。「Living With XXY」の活動は「とても素晴らしい」ことで、クラインフェルター症候群にまつわるスティグマ(偏見)を変えようとしているとレイシーさんは感じています。ライアンとコミュニティに出会えたことは、「最初に不安を抱えていたふたりにとって、初めての希望の光」となりました。今、レイシーさんはほかの親御さんたちをサポートしたいと考えています。テイラーくんを「喜びそのもの」と感じる自分たちのストーリーを共有することで、同じ旅をしている方々に安心してもらえると思うからです。
(この体験談の日本語翻訳は,有志の方に翻訳をいただきました。ありがとうございます!)
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