成長すること。そしてそこに性分化疾患が加わること。:性分化疾患専門小児看護師からのメッセージ
- 4 日前
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英国のアルダー・ハイ小児病院(Alder Hey Children's Hospital)で17年間にわたり性分化疾患(DSDs)専門の看護師として活躍してきた、キャロライン・サンダースさんによるメッセージです。
DSDsのある子どもや若者、その家族を支えるには、人生全体を見通した継続的なケアが必要です。特に思春期は心身の変化とともに葛藤や孤独感を抱えやすく、自身の身体を理解する繊細な課題に直面します。単なる情報開示ではなく伝えるタイミングや家族支援、信頼できる専門職との関係性が欠かせません。若者自身の力を尊重し、当事者の声を聞きながら安心できる環境を共に作ることの大切さを伝えています。
DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)は「性のグラデーション」でも「男女の境界の無さ」でもありません。むしろそのようなご意見は、私たちの女性・男性としての尊厳を深く傷つけるものです。
DSDsは、「女性にもいろいろな体がある、男性にもいろいろな体がある」ということです。
どうか、お間違いのないようにお願い致します。
詳しくは「DSDsとは何ですか?」のページをご覧ください。
1. 思春期に直面する「身体と心の悩み」と成長の葛藤

DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)のある子どもたちとその親、若者、そして成人を理解し、ケアしていくためには、「人生全体を見通したアプローチ」が必要です。
私は、DSDsのある子どもや若者、その親たちに17年間、看護ケアと支援を提供してくる中で、そのことをますます強く感じるようになりました。
思春期は、大人へ向かっていく道のりの中で、ときに難しい時期になります。
それは、不確かさや不安を抱えながら、自分が何者なのか、そして人生に何を求めるのかを模索する時期です。同時に、若者たちは友達と同じようでありたいとも思います。
DSDsを抱えていること自体が、子どもにとって大きな課題になることがあります。
そこへ、思春期に起こる感情や身体の変化が重なると、その負担は圧倒的なものになることもあります。
2. 情報を伝える「タイミング」と「家族へのケア」の重要性

DSDsのある若者たちは、現実にさまざまな困難に直面しています。
彼らは、自分自身についてもっと多くの疑問を持つようになる人生の段階へ進んでいきます。それまで気にしていなかったことに興味を持つようになり、どこで、誰から情報や助言を得ればいいのかを考えるようにもなります。
DSDsのある若者と医療専門職とのこれまでの関係は、良いものだったかもしれませんし、そうではなかったかもしれません。
自分の身体の状態を理解するためには、若いうちから「医学的な話」をどのように理解していくかを学ばなければならないことがあります。
すべてを知ろうとして周囲の人と一緒に一つひとつ調べていく人もいます。一方で、まだすべてを知る心の準備ができていないと考え、ゆっくり進むことを選ぶ人もいます。
現在の医療では、「情報を伝えること」と「オープンであること」が重要な価値とされています。若者が18歳前後で小児医療を離れるまでに、すべての情報を本人と共有することが求められる傾向があります。
しかし、このような一律のアプローチが本当に正しいのかどうかは、まだ分かりません。すべての若者に「すべてを」伝えることによって何が起こるのかを判断するには、まだ時期が早いからです。
若者にいつ伝えるのかというタイミングは、誰が、どのように伝えるのかということと同じくらい重要です。
現時点では、それを実際の医療現場でどのように行えばよいのかについて、私たちを導いてくれる十分なエビデンスはありません。
医療専門職はしばしば、親が思春期の子どもに生じた知識や記憶、物語の空白を埋めてくれる、あるいは埋めることができると考えます。
しかし、それはいつも当てはまるとは限りません。
子どもにその子のDSDについて話すことに親自身がどの程度自信を持っているのか、そしてDSDについて話すことが親自身や親子関係にどのような影響を与えるのかについて、親御さんと専門職との間でオープンかつ率直な話し合いが必要です。
3. 「地域差」や「信頼できる専門職」との関わりの課題

若者とその親御さんが利用できる心理的・精神的な支援を確保できているかどうかは、英国でも地域によって大きな差があります。いわば「住んでいる場所による宝くじ」のような状況です。
これは公平ではないように思えます。
また、若者や家族に心理的支援が提供されていたとしても、必ずしも実際に利用されるわけではないことも分かっています。
私たち専門職は、「なぜ利用されないのか」「どうすれば私たちがこの状況を改善できるのか」を問い続ける必要があります。
DSDsのある若者の中には、孤立していると感じる人もいます。一方で、自分の必要としているものを率直に、積極的に言葉にできる人もいます。
すべての人のニーズに応えられるサービスを提供することは簡単ではありません。
ケアチームとして、私たちはDSDのある若者が何を望んでいるのかを聞くために、どれほどの時間を実際に使っているのかを振り返る必要があります。そして、私たちは本当に彼らのニーズを理解しているのかを考えなければなりません。
また、若者自身が「自分の好きな専門職」とチームを組み、その人たちと時間をかけて知り合い、信頼関係を築いていけるような機会を提供しているかどうかについても考える必要があります。
ほかの分野の研究から、若者は自分がよく知っている専門職、特に「一緒に成長してきた」専門職とは、よりよくコミュニケーションを取れることが分かっています。
たとえば、成人医療への移行期などにこうしたつながりが失われたり、継続的なケアが受けられなくなったりすると、若者は見捨てられたように感じ、再び医療につながることに苦労する場合があります。
4. 当事者の若者とともに「安心できる未来」をつくる

若者自身にも意見や視点、考えがあります。
だからこそ、良いケアを提供するためには、私たちは若者と一緒に取り組む必要があります。
若者自身が何を大切にしているのかを見つけ、それを専門職に伝え、「自分にとってどんな助けが必要なのか」を表現できる方法を、私たちは一緒に探していかなければなりません。
若者には、自信を身につけ、質問をし、家族や専門職と話すときに安心・安全だと感じられる機会が必要です。
もしかすると、サポートグループやウェブサイト、インタラクティブなテクノロジーを活用することで、若者自身が「自分にとって重要なタイミング」に必要な情報へアクセスできる仕組みを作れるかもしれません。
私は、これまでDSDsのある若者たちに出会ってきた中で、彼らの持つレジリエンス――困難を乗り越えていく力――にいつも驚かされてきました。
子どもの頃から成長を見守り、やがて若い成人になった彼らと知り合うことができた経験は、私にとって大きな励みになっています。
私は彼らの工夫する力を尊敬しています。そして私たちは、一緒にさまざまな物語を共有してきました。
彼らは、医療によって失望させられたと感じた時のことや、反対に医療によって人生が良い方向へ変わったと感じた時のことを話してくれました。
私が看護師として彼らの窓口となってきたことで、多くの若者が、その道のりの中で出会ったほかのDSDsのある若者たちと友人になることもできました。
最近では、私の研究にDSDsのある若者たちに参加してもらったことが、とても大きな意味を持ちました。
彼らは私の考えを導き、ときには私の考えに疑問を投げかけ、これまで信じてきたことを問い直すよう促してくれました。
そして私は、これらの研究成果が発表されることで、彼らの物語や視点が、より広い医療者のコミュニティにも当事者のコミュニティにも、きちんと受け止められ、耳を傾けてもらえることを願っています。



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