性分化疾患医療の中心を子どもの長期的な利益とするために共にできること:DSDのある娘さんのお母さんが書いた論文
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御覧の皆様へ
私たちは「性のグラデーション」でも「男女の境界の無さ」でもありません。むしろそのようなご意見は、私たちの女性・男性としての尊厳を深く傷つけるものです。
アンドロゲン不応症をはじめとするDSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)は、「女性にもいろいろな体がある、男性にもいろいろな体がある」ということです。
どうか、お間違いのないようにお願い致します。
詳しくは「DSDsとは何ですか?」のページをご覧ください。
最近ではお医者さんたちの集まりも、チャリティ活動の一環として、たくさんの患者サポートグループの活動を積極的に支援されています。ここでご紹介するのは、DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)と共に生きる子どもと若者、そしてその家族の皆さんが作るサポートグループ、”dsdファミリーズ”のエリーさんが小児泌尿器科学会誌に投稿された論文です。
エリーさんの娘さんは、染色体がXYで不妊の状態の女性の部分型アンドロゲン不応症(PAIS)を持っていらっしゃいます。お母さんであるエリーさんが、どんな想いをしながら、どんなふうに娘さんにお話されているか? 同じ立場にある家族の皆さんには、共感されるところやヒントになるところがあるでしょう。
「この子の将来はどうなるの?」「子どもに、いつ、どのように伝えればいい?」「手術をしたほうがいいの?」――DSDのあるお子さんを育てる中で、親御さんが抱える疑問や不安は尽きません。
この論文は、DSDのあるお子さんを育てる母親が、自身の経験をもとに綴ったものです。診断を受けたときの戸惑い、医療者とのやりとり、子どもの体の違いを少しずつ受け止めていく過程、保育園や学校での出来事など、親としての率直な思いが温かく語られています。
女性のCAHの娘さんのいるご家族や,卵精巣性DSDのある娘さんのいるご家族のお話もあり,「自分だけが悩んでいるのではない」と感じられ、これからの子育てを考えるヒントをもらえる一編です。同じように悩んでいる親御さん,医療従事者のみなさん,DSDsについて理解したい皆さんなど、どういうところに注意したらいいか、学べるところがたくさんあると思います。
Ellie Magritte
2012 Published by Elsevier Ltd on behalf of Journal of Pediatric Urology Company.
要約
本論では,DSDの小児の診断および診断後に,家族が持ついくつかの重要ではあるが,見過ごされることが多い疑問について言及する。自らの個人的な出産経験について述べることで,診断および性別判定中およびそれに続く心理学的・教育的支援の緊急の必要性を示した。最後に,外性器の違いを持って生きる子どもを育てるための,いくつかの実際的な知恵について述べた。DSDの小児のケアに関わるすべての人に,親を支えることで初期の不安や心配を乗り越え,小児の長期的な福祉を常に臨床的意思決定およびケアの中心に置くよう求めた。
「最後に。体の性の作りが非定型的な子どもには,すでに知られていることに単純に反応するのではなく,みずから想像力をはたらかせ,子ども自身の自発性を活かす余地を常に残さねばならない」(カトリーナ・ローエン1)
私はかわいい3人の子どもの母親です。子どもそれぞれに性格や特性の違いがあり,母親であることはいかにやりがいがあり,また疲れ果てるものかと感じています。長女は10歳になったばかりで,生まれた時に部分型アンドロゲン不応症(PAIS)と診断されました。また私は,DSDファミリーズという,DSDs:性分化疾患(体の性の様々な発達)を持つティーンエイジの子どもたちと家族のためのサポートと情報リソースのマネージメントもしています。
今回の学会の主催者の先生から送られてきたメールの中で,各参加者で最も重要な疑問・質問をリストアップしていきましょうとご提案を頂きました。
実は私たち親には,かなり多くの疑問・質問があるのです。
子どもの性別判定にどう対応していくか?
赤ちゃんがまだ男の子か女の子か分からないことを,周りの人にどのように伝えればいいのか?
情報を提供する医師(多くの場合治療ケアや介入方について話し合うただひとりの人)が、根本的で後戻りができないこともある決断に同意を行わなければならない医師である場合, 子どもの治療ケアについて,決断をしなければならない状況に、どう対処していけばいいのか?
退院するときやDSDクリニックを出る際,「検査結果」 について,両親と患児はどう対応していけばいいのか?
学際的な医療チームに会うことのない長期のケアにおいて,何をすべきか,何を言うべきか,どう対処すべきかなどの疑問・質問に対して,どの専門の先生が担当になってくださるのか?
まだ幼い息子が,いじめられたり,馬鹿にされたりすることがないように,どのように学校に,子どもがプライベートの更衣室やトイレを使う許可を求めればいいのか? それとも,息子と周りの人たちに,息子の身体の違いを教え,特別な配慮を求めない方がいいのか?
いつ,どのように,娘に赤ちゃんを産めないと言うのか?
子どもの性器検査の際は,どう準備すればいいのか?
子どもにはどのように体の状態について話をすればいいのか? 「自分は変だ」 とか 「恥ずかしい」 という意識を持たず,プライバシーの概念を覚えてもらうにはどうすればいいのか?
手術跡はどのように説明すればいいのか?
娘の身体が他の10代の友達と異なる場合,思春期の娘が誰とセックスについて話すことができるのか?
DSDを持っていても,自分に自信を持ち幸せな子どもに育てるには,どうすればいいのか?
子どもたちのケアにおいて,自尊心や肯定的な身体イメージ,女性・男性としてのウェルビーイングを育てていけばいいのか?
体の違いと,良いセックスをすることは同じではないということを娘に理解させるにはどうすればよいのか?
私たちの疑問・質問,親としての葛藤は,DSDのアセスメントに重点を置く医療専門家のみなさんの疑問・質問とは,おそらく大きく違うと思います。
子どもの長期的な利益をどうアセスメントの中心に据えるか,そして長期的な利益というものがどのようなものであるのかを,それは誰が決めるのかということが重要な問題なのではないでしょうか?
アセスメント関する最新情報は全人的なものでなければならず,あらゆる側面からのケアを含み,手術だけに焦点を当てるべきではないことは確かです。ですがそれ以外に,私が取り組む必要があると考えることには,次のようなものがあります。
生殖器の状態をどのように表現するか? (時代遅れの無神経な言語を避ける)
早期手術の長期的な転帰について家族とどのように話し合うか? (女の子でも男の子でも)
性別判定のプロセスの間,家族をどのように支援するか?
どのようにして家族に,早期の手術ではなく, 「これも普通にあることなのだ」というビジョンを提供するか?
このようなことがすべて,さまざまなアセスメントの結果,さらに手術が家族にとって正しい選択であるかどうかに関する意思決定プロセスに(プロセスのそれぞれの時点で)大きな影響を及ぼします。
手術は親が選択するものかもしれないし,多くの場合そうでしょう。ですが,適切な情報と適切な心がまえの下で選択を行うための十分な支援がなされているかどうかは,あまりにも疑わしく思います。
私には答えがありませんが,みなさんと協力して,家族ができるだけ支援を受け,情報を得られるようになればと願います。
ここで,DSDを持つ子どもの親としての私の個人的な経験から,2つのことをお話しします。1つ目は,DSDを持つ私の子どもの性別判定の過程での経験です。2つ目は,生殖器が異なる子どもを育てる上でのことです。
性別判定

まず,私の最初の子どもが生まれた後の出来事を振り返ります。
娘は緊急帝王切開で生まれました。分娩室のみなさんが,私たちのかわいい娘を祝福してくれました。ですが,その約12時間後,私たちの友人や家族全員に朗報を伝えた後,夫はその時その場にいなかったのですが,ある若いお医者さんが私に,娘の大きな陰唇には精巣があるかもしれないと言ったのです。
家族と何度か電話をして,親戚で少なくとも2人が,当時 「精巣性女性化症」 と呼ばれていたものと診断されていたという事実を母が認めました。(訳者注:現在ではこの用語は医学的にも正確ではないため,「アンドロゲン不応症女性」という用語が使われています)
私の家族は私にこの病気の遺伝的パターンを教えないことにしていたので,私はこの病気についての話を知り,心構えすることができなかったのです。
大都市の医学部併設の病院で出産したにもかかわらず,小児内分泌科医と外科医の臨床専門医さんに紹介されるまでに,さらに5日かかりました。
この最初の5日間,助産院での説明と他の説明とが矛盾していて,子どもが一体どうなっているのか,私たちは絶望するしかありませんでした。
私たちの赤ちゃんに精巣が発見され,親戚で2人の 「似たような症例」があると確認した翌日,放射線科のコンサルタントが私たちの子どもを診察しました。彼は精巣を見つけることができず,彼は同僚に相談しないままに,娘がその状態ではないと断言した。「家族でも同じようなことが…」 と訊いたところ,「偶然でしょう」 というのが彼の答えでした。これは私たちが聞きたかった答えでもあったため,私たちは彼の医学的権威を疑わず信じてしまいました。ですが,翌日,別のコンサルタントから染色体の核型について知らされ,自分たちがどれほど信じやすい人間であるか分かりました。でも,謝罪はありませんでした。
この間,私たちは友人や電話を避けるようになり,インターネットでの検索結果は娘の将来に希望を与えるものではまったくなく,私たちが置かれている状況やこれからどうなるのか理解する助けにもなりませんでした。
6日目。検査結果についてのはじめての診察のとき,外科医の先生が慰めのように夫の肩に手を置きました。それはちょっとした行為でしたが,人間の心遣いというものが感じられ,今でも覚えています。

私はこの先生にはそこにいてほしいと思ったのですが,同時になぜ彼がそこにいるのか理解できませんでした。娘には何の問題もありませんでしたし,完全に健康でした。娘はXY染色体を持っていましたが,Y染色体を切断できないことは確かでした。外科医の先生は娘に何をしたいのか?
この先生が 「泌尿器科医」 であるということをちゃんと自己紹介してくれれば良かったと思っています。―そうすれば彼の説明も理解できたと。
もう一人のお医者さんは 「内分泌科医」でした。彼もとてもフレンドリーで,とても穏やかに話し,共感的な先生でした。ですが,彼が何をしたのか,何を検査したのか,どうやって私の子どものケアに関わっているのか,何を見たのか,私には見当がつきませんでした。
私は困惑して疲れ果てていました。お医者さんたちは最初の段階で私を見失っていたのだと思います。まずは「自己紹介」が必要でした。私は彼らの専門知識も,どうやって私の子どもを 「アセスメント」 するのかも理解できなかったので,私は子どもがどうなっているのか理解できなかったのです。
娘がXY染色体を持つということにどのように心理的に対応できるのか,それを誰かに教えてほしいと思っていました。
どのようにしてこれに心理的に対応すればいいのか。私たちが必要としていたのは,子どもの中長期的な精神的健康についての展望を教えてくれる人だったのです。
そして,私に力を与えてくれる人も必要でした。最初はたとえ多くを理解できてなくても,私と私たちがこの子の親であることは子どもの幸福に本当に重要だと言ってくれる人が。そうすれば,私は励まされ,最高の母親になるためのこれからを考えることができただろうと。
お医者さんからはその後,赤ちゃんはまず性別判定の検査をしなければならず,その間出生登録を遅らせるべきだと言われました。夫は理解し,泣き崩れ,私はただ震えが止まりませんでした。
最近数カ月前,私は臨床医や泌尿器科医から,娘の出産でどういう体験をしたのか尋ねられました。このことを声に出して話したのは初めてだったと思います。
性別判定の間の私の体験がどのようなものだったか。それを説明しようとしている間,涙が止まりませんでした。それはまるで赤ちゃんが死んでしまったかのようであり,代わりに別の性別の赤ちゃんが出てきて,そのうち新しいその子を愛するようになるかもしれないけれども,それでも最初の子どもは永遠にいなくなってしまったことには変わりがない。
話を聞いていただいた医師は,「私たちのチームに泌尿器科医が5人いる必要はありませんね。それよりも5人の臨床心理士が必要だ」と答えていただきました。
娘が生まれてから約12日後,私たちは赤ちゃん女の子の判定の説明を聞き,それに同意しました。私たちは最後のアドバイスを受けました。「彼女に嘘をつかないでください。決して」。私たちは決して嘘をついてきていません。
余談ですが,約1年前,ある内分泌科医の偉い先生が,「性別判定の間の親の苦痛と,数年間心的外傷後ストレス障害に苦しんだ親がいるという最近の研究を読んでショックを受けた」と話され,私の方も非常に動揺しました。
「どうして分からなかったのですか!?」。本当はそう言いたかったのですが,心に留めました。
性別判定のプロセスは多くの親にとって心的外傷を与えるものです。ですが,私たち(医療専門家と患者家族会)がどのように連携して親を支えることができるのか? それが,親御さんたちに重要な変化をもたらすことができるのです。
1. まずはDSDの検査と,その後に行われる方針決定の間
2. そして親が診断を受け止め,前を向いていけるようになるまでの間
最近,三人の女の子のお母さんを紹介いただきました。上の2人の娘さんが先天性副腎過形成(CAH)なのです。私はこのお母さんにこの論文を書くことについて相談し,彼女のために何かできないか尋ねました。数日後,彼女から返事をいただきました。
「3人の娘には,今の自分に自信を持って幸せに育ってほしいと思っています。それは娘たちが 「完璧な」身体を持っているかどうかとは関係なく。もし関係したりしたら,私たちはみんな惨めな思いになるでしょうから…。医学的な体の状態(CAH)が原因で,女性器が大きい私のふたりの娘にとって,自分の体の状態と折り合いをつけられるようになるには,大切なことが2つあると思っています。ひとつは,まず親の方が疾患による娘の身体への影響を受け止め,それに慣れること。もうひとつは,この疾患について,このような目に見える身体への影響ばかりに目を向けないということです。
性器の違いという目に見える身体への影響を外観的に軽減するために行う小児期の手術は,子どもは 「普通になった」 と親が感じられ,不安やストレスをいくらか減らすのには役立つでしょう。
ですが,これだけでは,親が折り合いをつけ,困難に対処し,複雑でプライベートな体の状態を受け止め,子どもを支えていく最善の方法を知る助けにはならないのです。親が子どもの体の状態を受け止めるのに葛藤し続けていると,子どもはそれを強く意識してしまい,悪い影響が出てしまいます。
学校でのプールの授業を前に,私が長女に病気で性器の見た目に影響が出ていると知らせたのは,9歳半になってからです。病気にかかっていない妹がいたのですが,実際,CAHの娘ふたりが,彼女たちの自分たちの性器が妹のものと違うということに気が付くまでに,4年もあったのです。CAHではない妹が性器の違いを訊いたとき,お姉ちゃんは子どもらしい素晴らしい知恵で,「だって私たちみんな違うでしょ!」と答えたのでした。」
性器の違いがある子どもを育てること

そこで,私の論文の第2部では,手術の延期が現実的な選択肢であるということを,親が想像し,理解できるようにするにはどうすればいいかということを説明します。
新しい親は恐れに見舞われ,本能的に自分の子どもを 「守りたい」と思い,「普通の形にする」 手術をすることで,子どもを護ろうと思うものです。
ですが,この本能的な反応は,ベビーシッターや保育所での対応や,もし誰かが赤ちゃんの着替えを申し出たらどうなるのか,海に行ったときはどうなるのか,そういった現実的な問題に対応する方法を知らないことと関係していることが多いと思います。それに,プールの授業のときどうするのか?ということも。
私たちが持っているあらゆる知恵とエヴィデンスをもってすれば,手術はいじめを未然に防ぐための方法であってはならず,また少なくとも最初の段階でより良い支援とマネージメントの方法を構築をしないまま,親の不安を軽くするためだけに行われるべきではありません。
ここではいくつかの方略をお話したいと思います。新しい親御さんたちが,医療の専門家のみなさんにアドバイスや指導を求めることでもあるでしょうから。
専門用語と言葉の使い方
お気づきかもしれませんが,私は「外性器の曖昧さ(genital ambiguity)」という言葉や 「曖昧な外性器(ambiguous genitalia)」という言葉を避けるようにしています。これはまったく役に立たないどころか,「中間の何か」や 「誤った状態」という意味を示唆していまい,現実に,このような体の状態にまとわりつく秘密と孤立を生み出すだけの 「排外」にしかならないからです。
私は 「性器の違い(genital difference)」 という,シンプルで説明的で,相手を傷つけたり混乱させたりしない言葉を使うことをお勧めします。(訳者注:エリーさんなど多くの親御さんと当事者のみなさんの要望で,医療でも現在では「性器の違い」という表現が使われるようになってきています。)
性器について話すことに抵抗を感じるご家族もいらっしゃいます。私たちは,子どもに優しい言葉を使って,家族の中で簡単な話題にするようにしました。フランス語を話す友人から,女性器を意味する無害な言葉を借りました。私たちはこれを 「ミミ」 と呼んでいます。私の娘は「マイミー」を持っていて,息子は「ウィリー」を持っています。
マイミーやウィリーの話であれば,おおっぴらに話しても脅威にはなりません。「あなたのミミはちょっと違うの」 であれば,子どもも話す方の親も怖くなりません。
ミミとウィリーはプライベートな言葉で,娘が幼い頃からずっと使ってきました。私は今でも娘の弟や妹にも同じ言葉を使っています。
ビーチでの着替え


最近,未発表のインタビュー記事を読んだのですが,あるご両親がお医者さんの手術の勧めに反対したというものでした。手術を勧めた理由は,そのご両親によれば, 「ビーチで子どもの着替えが簡単になるから」 というものだったということです。
初めての親になった方は,おそらくベビー服と乳母車のカタログしか見たことがないでしょう。
ご存知ないかもしれませんが,「ベイビーザらス」には,Dora the ExplorerやDinosaur(訳者注:海外の児童用のアニメ)などのステキなフードタオルが置いていて,小さな子どもたちはみんなビーチにそれを持っていて,着替えをしているのです。
ベビーシッターさんに着替えをお願いする場合
ベビーシッターさんが子どもの性器の違いに気付いた場合に備えて,手術を検討している親御さんへのアドバイスは次のようなものです:
母親が出産から回復するまでに数ヶ月かかり,地面に足をつけて,診断に慣れるようになるまでにも少し時間がかかります。そうして初めて,親御さんは子どものケアのための選択肢をじっくり考えられるようになるのです。
この間に,診断された体の状態について多くを学んでいくことになります。圧倒されなくなり,消耗も減り,恐怖も少なくなっていくでしょう。ですが,友人から赤ちゃんのおむつを替えたいと言われて,気まずい状況に遭遇することもあるでしょう。ここでも,たくさんの戦略があります。 「ああ,おむつは自分で変えたくて。家族だけの特別な時間にしてるの」 と言うか,よりしっかりと 「やめたほうがいいと思うよ。おむつを外すたびに,この子おしっこしちゃうから。私がやるわ。でも,ありがとうね」と言ってもいいかもしれません。
あるいは,私の友人のマギーの本を参考に,真正面から話してみても良いかもしれません。「知っておいていただきたいことがあるんです」と彼女はベビーシッターさんと幼稚園の先生に(!)はっきりと言ったんです。「ああそうだ,トイレのお手伝いのとき(おむつを変えるとき),息子の性器が少し違った形に見えるかもしれませんが,どうか心配しないでください。そう生まれたんです。でも,健康で元気ですから」と言ってもいいかもしれません。私は保育園の先生から何か言われたり違和感を持たれたこともありませんでした。
保育園
完全型アンドロゲン不応症(CAIS)の赤ちゃんのお母さんの最近の話しですが,医療チームは問題にはしなかったのですが,10ヶ月の娘さんの陰唇が腫れていて,娘さんがすぐに保育所で保育を始められるかどうか心配されていました。
彼女からのメールを読んでいて,他の人が私の娘の性器をどう見るのか,私自身もかつて心配だったことを思い出しました。私は返事で,マギーさんが言っていたことを書きました。
「『もし誰かが娘さんの陰唇が少し腫れているように見えると言うなら,そう生まれたというだけで,検査もしましたけど,まったく健康でした』と,それだけ言えばいいと思います。私も地元のジョン・ルイスデパートの赤ちゃん更衣室で,他のお母さんたちの肩越しから,女の子の赤ちゃんをのぞいて,自分の娘とどう違うかよく見ていた記憶があるので,お気持ちはよくわかります。」
次の手紙では,新しい保育園で初めての日をどう過ごしたかお話しました。その頃(2歳半)娘のクリトリスはよりはっきりとわかるくらいになり,尿生殖洞がもはっきりと 「違い」 がわかるようになっていました。若いスタッフさんから娘を抱き渡されたとき,慌てて 「この子は少し違うように見えるかもしれませんね」 とあわてて声をかけたものでした。
でもその若いスタッフの女性は,私が何を言っているのか分からなかったようでした。保育所のスタッフの方の大半は 「人生」経験がほとんどない若い人たちです。愚かにも,私は自分でこの若い女性スタッフを怖れていただけだったのです。彼女は娘の性器の形なんかじゃなく,全然く違うことを考えていたことでしょう。
卵精巣性DSDの女の子のお母さんからは,保育園で受けている支援について話してくれました。
「娘の保育園の所長さんは,それほどの支援というものはありませんでしたが,こう言ってくれました。『心配しないでください。子どもはみんな違ってますから』と。保育園の先生方はいつも私と私の夫が問題を落ち着いて『普通』に扱うのを助けてくれました」。
ただ,彼女は
「小さな村に住むのは,いつも簡単ってわけじゃないですけどね。」
とも付け加えられましたが。
医療専門家のみなさんとの協働

性器の違いのあるお子さんをケアするというのは常に気を配らなくてはいけないことになりますが,すぐに慣れていきますし,子どもが成長していけばそれほど大変でもなくなります。
難しいのは,子どもの診断から必然の帰結のようにもたらされる孤立の中で,ケアを行っていかなければならないことです。そしてこれこそが,私たち親がみなさんの助けを必要とするところなのです。医療専門家のみなさんには,ぜひ,ためらっている多くの親御さんに呼びかけて,患者・家族同士のコンタクトを勧め,みなさんも含めて体験を共有できるようにしていただければと思います。
もうひとつ難しいのは,私たちが,他の子どもとは違う性器のケアの仕方がわからないということです。娘が4歳くらいで,イギリスの医療チームに出会う合間のときだったのですが,白いおりものが出てきて心配になりました。家族のGP(かかりつけ医)の先生には聞きたくありませんでしたので,面識はありませんでしたが著作を読んだことのあったお医者さんに,相談できないかとメールを送りました。その先生からはすぐに返事をいただいて,家族みんなで感謝しています。その先生にお返事いただいたように,おりものは異常ではなく,ただ定期的に洗えばいいだけというものでした。
ですが,誰も尋ねる相手がいないと, 「現実には何も異常ではない」 ことが,乗り越えられないもの,怖いもの,不安を引き起こすものになってしまうこともあるのです。

さて,最後に少し私の体験談をご紹介させてください。
1月の初め,学校が始まった日の翌日,娘(10歳ごろ)が「お母さん,3学期はプールの授業があって,明日そうなんだって」と言ってきたのです。私は心臓が凍りついて, 「ああ,しまった。プールは4年生からだと思ってた」 と思いました。
その日の午後の残りの時間中,私はどうすればいいのか心配で押しつぶされそうになりました。娘の体の違いを現実以上に大きくしたくはない。でも同時に,私は彼女を「護る」必要がある。でも,そろそろ「娘が自分で自分を護るように励ます」時期なのか・・・?
それでその夜,ガールスカウトのミーティングに行く途中の車の中で,私は彼女に言ったのです。
「それで,明日プールの授業なんだね」
「うん!」 と娘は答えました。
「お母さんが,プライベートなところはプライベートにしておくことって言ってたの,覚えてる?」
娘はあきれた顔で「ママ,もちろん覚えてるって」 と言ったものです。
私も「そっか。いい子ね。言ったことを覚えてるかどうか確認したかっただけ。覚えてるならそれでいい」と。
それから1分後,私は娘を目的地で車から降ろしました。本当,それはちょっとしたことだったのです。
謝辞
Charmian Quigley,Pierre Mouliquand,Tony Caldamone,John Achermann,Imran Mushtaq,そして夫のこの論文に対するコメントに感謝します。AIS-DSDの親のメールグループ(アメリカ),AISSG(イギリス),Grapsia(スペイン),AISNederland(オランダ)のメンバーのみなさんの友情とユーモア,適切なアドバイスに感謝します。最後に,体験の引用をすぐに許可いただいた親御さんたちみなさんに大きな感謝を。
エリーさんが娘さんにどのようにDSDsの話をしていかれたのか,「世界でたった一人の、素晴らしいあなたへ。:お母さんから、部分型AIS女性のソフィーへ」と,「私を知ること。あなたを知ること。:女性の部分型アンドロゲン不応症のある娘さんと母親の物語」をご覧ください!
ここでは、親御さんのエリーさんが言及されていた、染色体について、現在の性分化疾患専門医療ではどのように説明されているか,よく使われている図をご紹介しておきます。

ポイントとしては、「ほとんどの男性の染色体はXY、ほとんどの女性の染色体はXXだけど、男性でもいろいろな染色体がある。女性でもいろいろな染色体がある」というところです。(「XX・XY以外は、”男でも女でもない性別”である」ではないところに注意して下さい)。
DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)については、学校などで教える場合、当然DSDを持つ子どもたちがクラスの目の前にいることもあり、またDSDsには様々な状態があるため、通り一辺倒に教えたり、誤解に基づいて教えたりすると、かえって不用意にDSDを持つ子どもたちや家族の方たちを深く傷つけることもあります。特に思春期は、本人も家族の方にとっても、とてもセンシティヴな時期になります。
学校でDSDsについて教えたい皆さんには、是非正確な知識を身につけて、ひとりひとりの子どもを大切にするには何が大切なのか、よく考えた上で、授業をいただければと思います。
アンドロゲン不応症女性(AIS女性)とは?

アンドロゲン不応症(AIS)とは、女性のDSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)のひとつです。エレーナさんの場合のAISでは、染色体はXYで性腺も精巣なのですが、男性に多いアンドロゲンホルモンに体の細胞が完全に反応しない状態のために、母親の胎内の段階から、まったくの女性に生まれてきました。ですが、子宮や膣の一部がなく、生物学的な子どもを持つことができません。一般的に女性のこの体の状態が判明するのは思春期前後で、ご本人もご家族も大きなショックを受けられることがほとんどです。
アンドロゲン不応症(AIS)等のXY女性はなぜ女性(female)に生まれ育つのかについては,以下を御覧ください(画像をクリック)。




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