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性分化疾患のある娘の父親になること:部分型のアンドロゲン不応症女性の娘さんの父親の物語

  • 4 日前
  • 読了時間: 6分






御覧の皆様へ


私たちは「性のグラデーション」でも「男女の境界の無さ」でもありません。むしろそのようなご意見は、私たちの女性・男性としての尊厳を深く傷つけるものです。

アンドロゲン不応症をはじめとするDSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)は、「女性にもいろいろな体がある、男性にもいろいろな体がある」ということです。


どうか、お間違いのないようにお願い致します。


詳しくは「DSDsとは何ですか?」のページをご覧ください。





 


 DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)と共に生きる子どもと若者、そしてその家族の皆さんが作る欧米のサポートグループに寄せられた、部分型のアンドロゲン不応症女性(AIS女性)の娘さんのお父さんの体験談をご紹介します。


 初めて父親になった日の喜びは、翌朝、娘について告げられた「DSD」という言葉によって、大きく揺さぶられることになりました。


 何が起きているのか分からないまま、さまざまな説明を聞き、たくさんの情報を探しながら、お父さんは娘をどう支えていけばいいのかを考え続けます。


 けれど、当時インターネットで目にしたのは、DSDではない人たちの怖い話や怒りに満ちた言葉ばかりでした。


 家族だけで歩んだ10年を振り返りながら、このお父さんが見つけたのは、医療者や当事者の仲間とつながり、安心して語り合える場所の大切さでした。


 娘の未来を思いながら、迷い、考え、少しずつ歩いてきた一人のお父さんの物語です。





父親になった日




 数年前、私は初めて父親になりました。忘れられない経験です。


 興奮、緊張、驚き、そして、分娩が長引いて妻が緊急帝王切開を受けることになったときの不安。妻がそれまでに経験したことを考えれば、手術後の回復室で、身をくねらせ、ぐずぐずと声を上げる小さな命の塊を最初に抱いたのが私だったというのは、なんとも申し訳ないことだったと思います。


 妻が回復室に来るまでの数分間は、まるで別世界にいるようでした。胸いっぱいに誇らしさが込み上げる一方で、これから始まる「親になる」ということについては、何も分かっていませんでした。


 その後の数時間は、疲労と喜びが入り混じった霞のような時間でした。そして私は、男性は夜間に病棟へ入ることができないという、父親にはあまりにも冷たい規則によって病院から追い出され、翌朝10時になれば戻ってきていいと言われました。


 ここまでは、かなりありふれた出産の物語でした。



「DSD」という言葉


 しかし、翌朝10時、私がDSDを持つ子どもの父親になったことで、すべてが変わりました。


 それまで浮かべていた私の間の抜けた笑顔は、「性器が非典型的」という小声の言葉によって消し去られました。そして、その後数日間、私たちの前を通り過ぎていったさまざまな医師たちから、困惑、矛盾した説明、そして無神経な対応を次々と受けることになりました。


 数日後、ようやく2人の専門医が呼ばれました。彼らは臨床的な専門知識を持っていただけではなく、そこにいるのが、突然それまでの期待をひっくり返され、何が起きているのか分からず途方に暮れている2人の新米親であり、何らかの支えを必要としていることを理解してくれていました。


 彼らはさまざまな形で私たちを支えてくれました。特に、その後に続いた恐ろしいほど大量の検査について、ひとつひとつ説明しながら私たちを導いてくれました。


 そしてさらに7日ほど経って、ようやく私たちは「娘が生まれた」と言えるようになりました。


 娘には、部分型アンドロゲン不応症(PAIS)がありました。



インターネットの向こう側




 専門医たちは、このような状態の人たちや、その親を支援するグループがあることも教えてくれました。そして、そうした団体のウェブサイトには、私たちが知りたいと思っていることについて、もっと多くの情報があるだろうと言ってくれました。


 ウェブ上の情報を調べたのは私でした。妻には、そんなことをしている時間などほとんどありませんでした。


 そして、調べた結果は気が滅入るものでした。


 どこへ行っても、関係のない人たちが広めてきた誤った前提や時代遅れのタブーから生じた、さまざまな恐ろしい話ばかりでした。


 さらに、やはりDSDではない他のグループの活動家が「現在認められている性別のあり方を超えて考える必要がある!」と強く、政治運動のように訴える抗議もありました。


 その言葉は今でも鮮明に覚えています。


 もちろん、こうした情報のどれも、妻と私が「娘を支えるために何をすれば一番よいのか」を学び、考えるうえでは、あまり役に立ちませんでした。



家族だけの10年間




 あの当時インターネットで目にしたのは、社会的なタブーと燃えるような怒りが混ざり合った、刺々しい世界でした。それは私たちを遠ざけてしまいました。


 そのため私たちは、その後10年ほど、自分たちなりの道を歩みました。基本的には医師たちとの関わりを必要以上に増やさず、DSDsのある他の人たちとも接触しないようにしていました。


 その間、私たちは良い判断をしてきたと思います。


 ただ、それは判断力のおかげというより、運がよかったからなのかもしれません。




本当に必要だったもの




 当時の私たちに本当に必要だったのは、当事者の仲間と医師の双方から得られる、信頼できる助言でした。そして、心を開き、楽観的な気持ちを持ちながら、彼らと自由に意見を交換できる機会でした。


 私たちは、娘に代わって向き合わなければならなかった難しい問題について、娘自身が一緒に向き合えるようになるまで、何でも話し合える場所を必要としていました。


 そして娘自身が、やがて仲間たちから支えを得ながら、自分自身の答えを見つけていけるような場所もあってほしいと思っていました。


 当時、私たちが自分自身と娘のために求めていたものは、まさに現在のサポートグループが提供しようとしているものなのだと思います。


 遅すぎたとしても、ないよりはずっといいのです。






アンドロゲン不応症女性(AIS女性)とは?




 アンドロゲン不応症(AIS)とは、女性のDSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)のひとつです。このお父さんの娘さんのAISでは、染色体はXYで性腺も精巣なのですが、男性に多いアンドロゲンホルモンに体の細胞が一部しか反応しない状態(部分型)のために、母親の胎内の段階から、まったくの女性に生まれてきました。ですが、生まれた時に性別判定検査が必要であったり、子宮や膣の一部がなく、生物学的な子どもを持つことができません。








アンドロゲン不応症(AIS)等のXY女性はなぜ女性(female)に生まれ育つのかについては,以下を御覧ください(画像をクリック)。












コメント


海外国家機関DSDs調査報告書

ベルギー国家機関性分化疾患/インターセックス調査報告書
オランダ社会文化計画局「インターセックスの状態・性分化疾患と共に生きる」表紙

 近年、教育現場や地方・国レベルで、LGBTQ等性的マイノリティの人々についての啓発が行われるようになっています。その中で,DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)が取り上げられるようになっていますが、昔の「男でも女でもない」という偏見誤解DSDについての知識が不十分なまま進められている現状があります。

 そんな中,人権施策や性教育先進国のオランダとベルギーの国家機関が,DSDsを持つ人々とご家族の皆さんの実態調査を行い報告書を出版しました。

 どちらもDSDsを持つ人々への綿密なインタビューや、世界中の患者団体、多くの調査研究からの情報などを総合し、誤解や偏見・無理解の多いDSDsについて、極めて客観的で当事者中心となった報告書になっています。世界でもこのような調査を行った国はこの2カ国だけで,どちらの報告とも,DSDsを持つ人々に対する「男でも女でもない」というイメージこそが偏見であることを指摘しています。

 ネクスDSDジャパンでは,この両報告書の日本語翻訳を行いました。

DSDs総合論考

 大変残念ながら,大学の先生方でもDSDsに対する「男でも女でもない」「グラデーション」などの誤解や偏見が大きい状況です。

 

 ですが,とてもありがたいことに,ジェンダー法学会の先生方にお声がけをいただき,『ジェンダー法研究7号』にDSDsについての論考を寄稿させていただきました(ヨヘイル著「DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患/インターセックス) 排除と見世物小屋の分裂」)。

 今回,信山社様と編集委員の先生方のご許可をいただき,この拙論をブログにアップさせていただきました。

 DSDsの医学的知見は大きく進展し,当事者の人々の実態も明らかになってきています。ぜひ大学の先生方も,DSDsと当事者の人々に対する知見のアップデートをお願いいたします。

 

 (当事者・家族の皆さんにはつらい記述があります)。

ジェンダー法研究:性分化疾患/インターセックス総合論考
ジェンダー法研究:性分化疾患/インターセックス総合論考
性分化疾患YouTubeサイト(インターセックス)
ネクスDSDジャパン:日本性分化疾患患者家族会連絡会
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