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「興味深い症例」や番号ではなく、感情を持った一人の人間として:ロキタンスキー症候群が判明した女性のお母さんの体験談

  • 10 時間前
  • 読了時間: 9分




御覧の皆様へ

 ロキタンスキー症候群(MRKH)とは、女性のDSDのひとつです。ロキタンスキー症候群は、主に思春期の無月経から、膣や子宮、卵管の一部もしくは全てが無い状態であることが判明します。

 ここでご紹介するのは、ロキタンスキー症候群の当事者・サミラさんのお母さんの体験談です。医療現場で「珍しい症例」として扱われ、人間として向き合ってもらえなかった深い傷や不信感を乗り越え、娘さんの体の状態を受け止め、社会の理解推進へ向けて力強く歩む姿が描かれています。


 現在の専門医療ではプライバシー保護や患者自身の意思決定を尊重する体制が整っていますか、かつては配慮不足な言動や単なるデータとして扱われる悲しい経験もありました。


 当事者と家族が自立した意思を持ち、様々な身体や生き方を寛容に受け入れる社会を願う姿勢は、多くの人に勇気を与えます。


 ロキタンスキー症候群をはじめとするDSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)は、「女性にもいろいろな体がある、男性にもいろいろな体がある」ということです。

 私たちは「性のグラデーション」でも「男女の境界の無さ」でもありません。むしろそのようなご意見は、私たちの女性・男性としての尊厳を深く傷つけるものです。そのような態度もまた、人間を単なるデータや興味深い症例を扱うような態度と同じものです。

​ ​どうか、お間違いのないようにお願い致します。

 

 詳しくは「DSDsとは何ですか?」のページをご覧ください。





 アンジェラさんには2人の娘がいます。16歳の次女は自宅で一緒に暮らしており、28歳の長女サミラさんは一人暮らしをしていますが、今でも多くの時間を実家で過ごしています。3人はとても強い絆で結ばれています。長女のサミラさんには「ロキタンスキー症候群(※女性のDSDs:体の様々な発達(性分化疾患)のひとつ)」があります。




その場所はあろうことか「廊下」でした。あまりにも悲しい経験でした。





 思春期の頃、サミラは体の発達が順調に進んでいるにもかかわらず、なかなか初経(生理)が来ませんでした。16歳になった時、私たちはかかりつけ医を受診し、そこから総合病院へと紹介されました。当初、医師たちは「処女膜閉鎖症(処女膜が厚い状態)」を疑っていました。でも、内視鏡検査を行った結果、ロキタンスキー症候群であることが判明しました。


 病院にいるサミラの元へ向かっている最中、担当医から私の携帯電話に着信がありました。私は地下鉄のホームに立っていました。電話越しに医師は「サミラさんにはロキタンスキー症候群があります。子宮がなく、膣も形成されていません」と告げました。


 移動中の思いがけない電話での宣告に、私は大きなショックを受けました。頭の中が真っ白になり、目まいがして、必死に自分を保たなければなりませんでした。「私は今そちらに向かっている最中ですので、病院に着いてから直接お話ししていただけませんか?」と頼みました。でも、残念ながら医師にはその時間がありませんでした。


 病院に到着すると、サミラは麻酔から覚めたばかりで回復室にいました。彼女の表情を見た瞬間、直感で何か良くないことが起きたのだと悟っているのが分かりました。私はどう振る舞えばいいのか分からなくなりました。「母親である私が、娘にこの事実を伝えるべきなのだろうか?」と悩みました。


 その後、産婦人科医との話し合いが行われましたが、その場所はあろうことか「廊下」でした。あまりにも悲しい経験でした。すがりつくような思いで様々な質問をしたかったですし、心の中は様々な感情で溢れていました。


 でも、その医師の言葉は単に「これを受け入れて生きていくしかない」という冷ややかなものでした。膣の形成や子宮移植について質問しても、少しあざ笑うような態度を取られました。後から振り返れば、決して突飛な質問ではなかったにもかかわらずです。あの時、別室でじっくりと時間をかけて話を聞いてもらえなかったことが、今でも悔やまれます。




「私たちは感情を持った一人の人間と向き合っているのです。大勢で鑑賞するための美術品ではありません」





 最初の経過観察の受診時、サミラは医師にすぐ診察(触診)されることをためらいました。すると医師はイライラした態度を見せました。サミラにとっては初めての内診であり、まだとても若く、どんな女の子にとっても緊張する場面です。ましてや自分の身体の特徴に不安を抱えている状態でした。


 その医師は娘に向かって非常に不躾に「君は精神的に未熟だ」と言い放ちました。私はどうしても納得がいきませんでした。後でその医師の元へ戻り、「娘に対するあの言い方は非常に残念であり、もっと敬意を持って接するべきだったはずです」と抗議しました。医師は謝罪してくれましたが、心に深い傷が残りました。


 他の医療機関での経験も含め、医師たちがサミラを診察し、経過を見たがるのは、彼女をサポートするためというよりも「珍しい症例から医学的知見を得たい」という意図が透けて見えることがありました。研究としての理解はできます。でも、私たちは感情を持った一人の人間と向き合っているのであり、みんなで鑑賞するような展示品ではありません。


 また、医師たちが自分たちの経験が浅い治療法を安易に勧めてくるケースもありました。幸いにも、私と娘は常に疑問を持ち、細かく質問を重ねてきました。その意味で、私たちは強いコンビでした。苦い医療体験が、私たちをより自立し、意思表示ができる存在へと鍛え上げてくれたのです。


 ある医師が特定の手術を強く勧めてきました。でも、私たちが「先生はその手術をこれまでに何回執刀されたのですか?」と尋ねると、「1〜2回かな」と答えました。私は違和感を覚え、大きな不安を感じました。


 案の定、別の専門医からは「その手術法は避けるべきだ」と真逆のアドバイスを受けました。また、サミラ自身は「大学を卒業して落ち着いたタイミングで治療を受けたい」と考えていたにもかかわらず、手実績作りのために早期の手術を焦るような医師も見受けられました。


 同じ立場の仲間からは、医師の説明とは異なり、手術後の経過やリハビリが非常に大変であることを聞いていました。いったい何のための医療なのでしょうか? 年間の症例実績数を増やすためなのでしょうか? そこでは人間としての温かい視点が失われ、患者が一つの「データ」にされてしまうのです。医師には自分たちの立場や利害関係について、もっと誠実であってほしいと強く願います。


 私はサミラが自分自身でしっかり情報を集め、治療法に関する最新の知識を身につけた上で、自信を持って医師との話し合いに臨んでいることを誇りに思っています。治療を受けるかどうかの選択は、最初からすべてサミラ自身に委ねています。彼女自身の身体であり、どうしたいかを決めるのは彼女自身だからです。



「彼女がこれほど力強い女性に成長した姿を見るのは誇らしいことです。」




 これまでの様々な体験により、サミラは一時的に深い不確定感を抱えることになりましたが、同時に非常に高い志を持つようにもなりました。彼女は学業に非常に熱心に取り組み、大きな成果を上げようと努力しています。


 恋愛関係を築きたいという思いはあるものの、ロキタンスキー症候群があることがひとつの壁になっているように感じられます。母親として、これも心が痛む部分です。親として望むのは、子どもが人生で幸せになってくれること、ただそれだけだからです。


 サミラも周囲から「付き合っている人はいるの?」「子どもはつくらないの?」と聞かれる年齢になりました。今ではそうした質問に対しても、よりオープンに、自分の言葉で堂々と答えられるようになっています。


 今の彼女は言葉で自分を守り、表現する強さを備えています。その成長には目を見張るものがあります。強くなった彼女の姿を見るのは本当に素晴らしいことです。「私にはロキタンスキー症候群があるけれど、だからといって人間としての価値が下がるわけじゃない」と受け入れ、自分自身を深く愛せるようになりました。




「教科書に『身体には様々な現れ方がある』と書かれていることが大切です。それがより現実的な視点となり、幼い頃から知ることでごく自然なことになっていきます」





 サミラが学校教育などの現場において、ロキタンスキー症候群やDSDsについてもっと周知されるよう活動している姿を、私はとても頼もしく思っています。一般的な教科書では、人間の身体について「一つの決まった完璧なパターン」だけが教えられがちです。ですが、理科や生物の教科書に「身体には様々な現れ方・発達の仕方がある」と明記されることが非常に重要だと感じます。それがより現実的な視点だからです。


 幼い頃からそうした事実を知っていれば、それがごく自然な「当たり前のこと」として受け止められるようになります。これはDSDsに限らず、同性愛など多様な生き方全般にも言えることです。


 小学校の段階で自然に触れ、中学校・高校でより深い理解へと繋げていくべきです。中学校の最初の授業で「性」という言葉を出しただけでクスクス笑いが起き、何も深まらないまま終わってしまう光景をどれほど目にしてきたでしょう。小学校の素直で好奇心旺盛な時期であれば、もっと自然に受け止められるはずです。




私たちは誰もがかけがえのない一人の人間であり、決して単なる「番号」や「興味深い症例」などではないからです。




 サミラは現在28歳になり、親戚からも子どもに関する質問を受けることが増えました。最近のサミラは、里親制度や養子縁組など、子どもを迎え入れて育てるための様々な可能性について積極的に情報を集めています。


 オランダで代理母を見つけることは非常に困難です。養子縁組は多額の費用がかかり、里親制度にも独自の難しさがあります。現行の里親制度の基準は少し時代遅れな面があり、「家庭にいる時間を長く確保すること」を求められながらも「仕事をして自立していること」も求められます。子どもにどんな背中を見せたいかは人それぞれです。母親がフルタイムで働くことも、シングルマザーとして子どもを育てることも、決して悪いことではありません。


 体のあり方や家族の形には様々な選択肢があるということが、もっと社会に広まり、当たり前のこととして受け入れられるべきだと私たちは考えています。決してタブー視されてはなりません。オープンに語り合える社会になればなるほど、医療の現場もより一人ひとりに寄り添った「人間中心のケア」へと変わっていくはずです。


 なぜなら、私たちは誰もがかけがえのない一人の人間であり、決して単なる「番号」や「興味深い症例」などではないからです。









 ロキタンスキー症候群(MRKH)とは、女性のDSDs:体の性の様々な発達のひとつです。ロキタンスキー症候群は、主に思春期の無月経から、膣や子宮、卵管の一部もしくは全てが無い状態であることが判明します。女性にとっては、とても心痛められることが多く、またこれまで、同じような体の状態を持つ女性との出会いもないまま、孤独の中を過ごさせねばなりませんでした。

 

 ですが,そんな困難と孤独の中からも,多くの女性達が自分自身の人生を取り戻しています。









コメント


海外国家機関DSDs調査報告書

ベルギー国家機関性分化疾患/インターセックス調査報告書
オランダ社会文化計画局「インターセックスの状態・性分化疾患と共に生きる」表紙

 近年、教育現場や地方・国レベルで、LGBTQ等性的マイノリティの人々についての啓発が行われるようになっています。その中で,DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)が取り上げられるようになっていますが、昔の「男でも女でもない」という偏見誤解DSDについての知識が不十分なまま進められている現状があります。

 そんな中,人権施策や性教育先進国のオランダとベルギーの国家機関が,DSDsを持つ人々とご家族の皆さんの実態調査を行い報告書を出版しました。

 どちらもDSDsを持つ人々への綿密なインタビューや、世界中の患者団体、多くの調査研究からの情報などを総合し、誤解や偏見・無理解の多いDSDsについて、極めて客観的で当事者中心となった報告書になっています。世界でもこのような調査を行った国はこの2カ国だけで,どちらの報告とも,DSDsを持つ人々に対する「男でも女でもない」というイメージこそが偏見であることを指摘しています。

 ネクスDSDジャパンでは,この両報告書の日本語翻訳を行いました。

DSDs総合論考

 大変残念ながら,大学の先生方でもDSDsに対する「男でも女でもない」「グラデーション」などの誤解や偏見が大きい状況です。

 

 ですが,とてもありがたいことに,ジェンダー法学会の先生方にお声がけをいただき,『ジェンダー法研究7号』にDSDsについての論考を寄稿させていただきました(ヨヘイル著「DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患/インターセックス) 排除と見世物小屋の分裂」)。

 今回,信山社様と編集委員の先生方のご許可をいただき,この拙論をブログにアップさせていただきました。

 DSDsの医学的知見は大きく進展し,当事者の人々の実態も明らかになってきています。ぜひ大学の先生方も,DSDsと当事者の人々に対する知見のアップデートをお願いいたします。

 

 (当事者・家族の皆さんにはつらい記述があります)。

ジェンダー法研究:性分化疾患/インターセックス総合論考
ジェンダー法研究:性分化疾患/インターセックス総合論考
性分化疾患YouTubeサイト(インターセックス)
ネクスDSDジャパン:日本性分化疾患患者家族会連絡会
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