これからも一緒に歩んでいく:ふたりのアンドロゲン不応症のある娘さんを育てる家族の物語
更新日:7 日前

御覧の皆様へ
ここでご紹介するのは、まだ小さい頃に、DSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)の一つであるアンドロゲン不応症(AIS)が見つかったふたりの娘さんのご家族のお話です。
DSDsを持って生まれたお子さんを持つご家族の皆さんには、読むのが辛いところもあるかと思いますが、どのようにお子さんに話をしていくのか様々なヒントが隠されていると思います。また、「話すこと」にまつわる様々な思いも繊細に細やかに伝えられていて、お子さんを想うお母さんの気持も伝わってきます。このような思いをしているのは自分だけではないのだということを感じていただければと思います。
突然の診断と心ない医師の告げ方に深く傷つき、葛藤や後悔を抱えながらも、専門医の支えや家族の愛とともに娘たちの成長を温かく見守ってきた歩みが語られています。
疾患への深い理解や当事者同士のつながりがない不安を乗り越え、娘に事実をどう伝えるか、成長に伴う医療課題にどう向き合うかという模索のプロセスは、同じ境遇にある人々だけでなく、すべての子育て世代の心に響きます。困難に直面しながらも家族で支え合い、前を向く強さと希望を届けてくれます。
様々な方が、このサイトをご覧頂いていると思います。DSDを持って生まれたお子さんのご両親、現に大人になった方、医療に関わる皆さん、何らかの支援ができないかとお考えの皆さん、様々なお立場の方がいらっしゃると思います。それぞれに様々な思いを抱かれることかもしれません。
時に、DSDを持つ子どもの親御さんたちは、ただでさえ様々な思いを抱かれているところを、「勝手に性別を決めている」「本当は中性なのに」などという無理解から、不当な非難に曝され、更に追い詰められていくということがありました。
確認しておきたいのですが、DSDを持つ子どもたちは、然るべき検査を受ければ女の子か男の子かが判明するようになっています。彼ら彼女らは、みなと変わらぬただの女性・男性です。トランスジェンダーのみなさんの性自認(性同一性)の話でさえないのです。またDSDを持つ人々の様々なサポートグループでも、「然るべき検査の上で必ず男性か女性かを判定してください」と主張されています。DSDをジェンダーの問題だけで見ようとする視点は、大変偏った視点(偏見)で、多くのご家族を更に苦しい立場に立たせることになります。
私たちが大事だと思うのは、とにかく、ご家族・ご本人そのままの想いを、そのままに、ありのままに、受け止めていくことだと思っています。どうか、無理解や偏見・色眼鏡から、人としての想いを忘れることがないようお願いしたいと思います。
私たちは「性のグラデーション」でも「男女の境界の無さ」でもありません。むしろそのようなご意見は、私たちの女性・男性としての尊厳を深く傷つけるものです。
アンドロゲン不応症をはじめとするDSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)は、「女性にもいろいろな体がある、男性にもいろいろな体がある」ということです。
どうか、お間違いのないようにお願い致します。
詳しくは「DSDsとは何ですか?」のページをご覧ください。
1. 突然の診断と苦悩の始まり

私たちは、思春期(ティーンエイジャー)の長女と、思春期手前の次女という、2人のかわいい女の子の母親と父親です。私達の娘たちは2人とも「モリス症候群(完全型アンドロゲン不応症)」です(訳者注:ヨーロッパ圏では以前,完全型アンドロゲン不応症はモリス症候群と呼ばれていました)。つまり、染色体はXYですが、胎児期にテストステロンが作用しなかったため、男性の形質(精巣やペニス)が全く発達しませんでした。それどころか、生殖器(子宮や卵巣)が完全に欠如し、膣の行き止まり(盲端)があるにもかかわらず、外見上の女性生殖器は完全かつ正常に発達しました。
長女の妊娠も、次女の妊娠も、完全に順調でした。超音波検査はすべて問題なく、すべてが完璧に進んでいました。でも長女が出生した際、医師たちは2つの小さな鼠径ヘルニア(この疾患における典型的なサインです)に気づきました。小児科医と出生した病院の医師からは、合併症を避けるため生後3ヶ月以内に手術をすることを提案されました。その手術の際、外科医が異常に気づいて生検を行うことが適切だと判断し、そこから診断が確定したのです。
私たちが文字通り「顔面にパンチを食らった」ようなあの診断の瞬間を思い返すと、まるで悪い悪夢のようです。時間と医師たちのサポート、そして何より近年の「患者家族会」の支えのおかげで、私達はゆっくりと目を覚ましてきました。
「顔面にパンチを食らった」と言うのは、私達にとってあの日の記憶が、顔と心臓に強いパンチを受けたような痛みとして残っているからです。術後の検診のため入院していた私達は、執刀医率いる研修医グループのいる部屋に呼び出されました。医師は子どもを診察して傷口に問題がないことを確認した後、悪気もなくごく自然に「すべて順調ですよ。唯一の問題は、この子には生理も来ないし妊娠もできないということです。『モリス症候群』ですからね」と言い放ったのです。
2. 娘たちの成長と親としての葛藤

「本当は男性として授かったのですが、厄介な自然の悪戯で女性に変わってしまった(少なくとも外見上は)のです。でもまあ、大したドラマじゃありませんよ。僕だって生理はありませんが、元気に生きてますからね!!!」という言葉でした。私達が感じた苦悩と痛み、こんなに可愛い女の子なのに、この子がどうやって成長していくのかを想像するたびに頭をよぎった恐れについては、言葉では言い尽くせません。
その後私達は、この分野に非常に精通したセヴェリ教授(現在は退官)率いる女性医師チームに出会いました。彼女たちは溢れんばかりの愛と優しさで私達を迎え入れてくれました。私達の話に耳を傾け、質問に答え、不安を受け止め、これから何が起こり、どう対処していけばいいのかを説明してくれました。統計データや写真を見せ、同じ症候群を持ちながら成長し、生理や実子はいなくても、結婚したり婚約したりして普通の女性として自立し、養子を迎えるなどして穏やかで満たされた人生を送っている他の女性たちの話をしてくれたのです。
医師たちからの助言は「最初の2年以内に性腺を摘出する手術をする」というものでした。この選択をした場合、胸の発育や大人の女性らしい体つきを促すため、思春期初期(8〜9歳頃)からホルモン投与を始めることになります。精巣を残して体の自然な発達に任せるという別の選択肢は、当時の研究や統計ではよりリスクの高い方法だとされていました。大人になってから同じ手術を受けるとなると、心理的な負担が大きくなるという理由もありました。
私たちは娘が美しい少女へと成長していく姿を見守っていました。そのため数年後に再び妊娠し、出生前診断(羊水検査)で再び同じ判定が出たときも、長女と同じように素晴らしくなるに違いない次女を『諦める』気には到底なれませんでした。こうして生まれた次女は、今日では知的で、優しく、愛らしく、学校でも非常に優秀で(素晴らしい成績表をもらったばかりです)、スポーツが得意で、彼女を大好きな友達に囲まれた最高の女の子になっています。次女についても同じ手順を踏みましたが、ヘルニアの手術はせず、2歳まで様子を見ることができました。
私たちは何千回も、この症候群を持つ他の女性や、私達より前にこの道を通ってきた他の保護者と連絡を取らせてほしいと懇願しました。理解し、慰め合い、私達が抱く問いに対して「医師として」ではなく「親として」の答えを得たかったからです。でもプライバシーの問題から、それは叶いませんでした。もし当時、相談できる当事者会があったなら、すべてはもっと楽だったでしょうし、少なくともこれほど悲劇的にならず、もっと深い理解を持ってあの瞬間を生きていけたはずです。
3. 未来へのステップと患者家族会との出会い

現在、長女は非常に知的で、能力と可能性に満ちた美しい少女になりました。彼女は同年代の男の子や女の子と、完全に健康で普通の関係を築いています。素敵な友達グループに恵まれ、興味や情熱に満ち溢れています。私達はこれまで彼女の歩みに寄り添い、彼女の年齢や発達に合わせて最適な時期を選び、主治医と相談しながら、そして特に彼女の中から質問が湧き出たときに答えながら、真実の断片をひとつずつ伝えてきました。これまでのところ、彼女は生理がないこと、胸がやや控えめなこと、子どもが産めないこと(少なくともゆっくりとそれを受け止めつつあること)を受け入れています。
今、私達は第2の大きな壁の前に立っています。それは、膣のサイズを確認し、(必要であれば)拡張治療(心の底では、可能性が低いと分かっていても必要ないことを祈り続けていますが)に向き合うための最初の婦人科検診です。「婦人科の検査」の話になると、彼女はそれを先延ばしにし、「今は決まったパートナーもいないし、急ぐ必要性を感じない」と言います。
母親としての私自身、先延ばしにする理由が新しい障害に向き合う恐怖から来ていると分かっていながらも、彼女に無理強いする気にはなれません(私自身も怖いですし、私達は確実に共犯関係にあります)。彼女は真実を知っており、非常に賢く、状況を理解しています。今、彼女は「自分の人生のすごく良い時期を過ごしているから、自分自身に満足しているよ」と言ってくれます。私達の双方に準備が整ったとき、きっと適切なタイミングが訪れると信じています。
これまでで最も大変だった時期は、長女のときでした。次女はまだ始まったばかりで、今のところは非常に穏やかに過ごし、素晴らしい経過を辿っています。最初の難関の一つは「周囲の同年代とのちがい」でした。長女のときは胸の発達がとても遅く、周りの女の子たちがどんどん大人の体つきになっていったため、とても辛い思いをしました。さらに彼女は常に障害に最初にぶつかる存在であり、それが余計に負担となっていました。でも次女は、自分の困難に直面したとしても、自分がとても尊敬し『かわいい』と思っているお姉ちゃんの中に、比較の基準と安心感を見出しているようです。
私たちの物語について、他に何を語ればいいのか分かりません。数行の中に、長年の喜びと悲しみ、良い知らせと悪い知らせ、大きな希望と大きな後悔(例えば、最新の医療傾向ではあまり推奨されない幼少期の手術を選んでしまったことなど)をまとめようと試みました。でもあの瞬間、私達は最も適切だと思える選択をしたのであり、それ以外の選択肢はあり得なかったのだとも自覚しています。
私達は日々この道と向き合っていますが、アンドロゲン不応症の女性の会を通じて他のご両親や当事者の女の子たちに出会えたことを心から嬉しく思っています。一期一会は(時には感情的に苦しいこともありますが)、話し合い、向き合い、支え合うための大切な機会となっています。これからも一緒に歩んでいけば、きっと一歩一歩が楽になっていくと確信しています。
(訳者注:現在では、完全型のアンドロゲン不応症(AIS)女性の場合、性腺は最終的に女性ホルモンを作り出す機能があることがわかっていますので、性腺の摘出は青年期までは推奨されていません。)
アンドロゲン不応症女性(AIS女性)とは?

アンドロゲン不応症(AIS)とは、女性のDSDs:体の性の様々な発達(性分化疾患)のひとつです。このアーリーンさんのふたりの娘さんのAISでは、染色体はXYで性腺も精巣なのですが、男性に多いアンドロゲンホルモンに体の細胞がまったく(完全型)、もしくは一部しか反応しない状態(部分型)のために、母親の胎内の段階から、まったくの女性に生まれてきました。ですが、生まれた時に性別判定検査が必要であったり、子宮や膣の一部がなく、生物学的な子どもを持つことができません。
アンドロゲン不応症(AIS)等のXY女性はなぜ女性(female)に生まれ育つのかについては,以下を御覧ください(画像をクリック)。




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